「なるほど、それは知らなかったとはいえ、すまなかった。桐島さんのことはそもそも俺の一方的な話だから仕方ないとしよう。だが、そこの彼に、彼女の前で俺を侮辱するような発言をしたことに対する弁明をしてもらうのとは別の話だ」
この男が皮肉屋で性格は曲がりくねっていそうな気がすると思ったのは確かだが、執念深くて立ち直りは早いというのもつけくわえておこうなどと思いながら、千雪は立ち上がる。
「あんた都合よう自分の言うたことは覚えてへんらしいな。俺はちょっとしたお返しをしただけやし? 目ぇ剥いて俺を追い掛け回すようなことやないんちがう? ほんま、京助のダチだけのことはあるわ」
苦々しい表情を浮かべる速水を見て、三田村がハハハと笑う。
「こいつに何言うたか知らんけど、こいつに睨まれたら恐ろしことになりまっせ? 関わり合わん方がええ思いますけど?」
「俺がまるで極悪非道みたいなこと言いなや。工藤さんやあるまいし」
ムッとした千雪は三田村に抗議する。
「おいおい、こっちにとばっちりをよこすなよ。先生、京助のオトモダチだって?」
軽く千雪の憎まれ口をたしなめて、ことの成り行きを面白そうに眺めていた工藤がニヤリと笑う。
どうやらここにいる者みんなが千雪のシンパで、自分にはここから先へ一歩も踏み込めないようだと、速水は悟る。
それにしても一体どういうつながりなんだ?
この男が桐島女史と付き合っているということは、こいつと桐島さんはだったら元々知り合いなわけか?
「まあ、速水さん。何があったか知らないが、今日のところは帰ってくれ。オフィスもそろそろ閉めるんでね」
ニヤニヤしていた工藤も、今度は鋭い眼差しを速水に向けた。
「それは失礼した……」
もうここは引き下がるしかないだろう。
千雪は知らん顔を決め込んでいる。
ここで京助をたらし込んだ云々を俺が口にするわけにはいかないだろうと、わかっているのだ。
どこまでも姑息なガキだ。
速水は千雪を睨み付けた。
確かにそんじょそこいらにはいない美形だが。
初めて会った時は思わず息を呑んだ。
女でなくてもこいつを手に入れたいと思うやつがいても不思議ではない。
京助がたらし込まれたのも頷ける。
口を開かなければな。
フン、おそらくこいつは売出し予定の大事な秘蔵っ子というところか。
それにしても何か引っかかる。
この男が工藤、つまり例の映画のプロデューサーというわけだ。
実は佐久間にちょい聞きしただけでヤクザなプロデューサー呼ばわりしたことを千雪のみならず文子にまで非難され、速水は人を使って工藤のことやこの会社のことも調べさせたのだ。
結果、確かに工藤は広域暴力団トップの血縁にあたるものの、母親まで遡って縁を切っているし、双方の行き来は全くない、工藤は横浜の資産家だった曽祖父の遺産を相続してこの会社を興したという。
認めたくはないが、現時点では自分の敗北を認めざるを得ない。
「今日のところはひきあげます。お騒がせしました」
それを聞いて、ええ加減、帰れやと心の中で文句を言っていた千雪は少しほっとした。
千雪を一瞥し、踵を返して速水が開けようとしたドアが、新たな訪問者によって開いたのはちょうどその時だ。
「夜分に申し訳ない、あ、千雪くん、いたいた!」
傍を通り抜けてあたふたとオフィスに走りこんだその男に、速水は見覚えがあって振り返る。
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