「ただ今戻りました」
そこへ弁当やデザートなどコンビニで調達したらしい、マネージャーの菊池が戻ってきた。
「あ、小林先生、お世話様です」
菊池は千雪に気づいて声をかけた。
「こちらこそ。え、食事まだやったんですか?」
「ええ、万里子さん、あんまり外食とかの気分じゃないということで。ちょっとここのところいろいろ騒がれてましたから、静かにオフィスにいるのがいいとおっしゃって」
「こうみえて意外と繊細なのよ」
フフフと笑う万里子に、三田村が慌てた。
「うっわ、すみません、俺、何も知らんと騒いでしもて」
「あら、いいの。楽しかったわ、三田村さん、小林先生も何か召し上がる?」
「これ見よがしに先生はやめてんか。それより、急にお邪魔してもて、そろそろ帰るで、三田村」
そう言って千雪が立ち上がりかけた時、オフィスのドアが開いた。
何気なく顔を上げた千雪は、入ってきた予期せぬ人物に驚いた。
「失礼ですが、どちら様ですか?」
即座に菊池が男の前に立った。
「用があるのはそこにいる、そいつにだ」
明らかに男が千雪を睨みつけていると分かり、今度は三田村が千雪の前に立ちはだかった。
「あんた、不躾に失礼やろ? 人のオフィスにいきなりおしかけて、まず名前を名乗るのが礼儀言うもんや」
「速水克也。今、T大の心理学研究室にいる」
それを聞くと、「ああ、速水ってあんたか」と三田村が呟いた。
千雪はよもやこんなところまで速水が現れると思っていなかったので、まずいことにならなければいいがと眉を顰める。
速水は三田村の呟きを聞き逃さなかった。
「ほう? 今度は別の男か? 名前を名乗るのが礼儀というなら、お前、いい加減名前を名乗ってくれてもいいんじゃないか? 人のデートを思いきりぶち壊して、俺に大恥をかかせてくれたんだ、それで気がすんだわけか?」
万里子も菊池も工藤が千雪のことを社外秘だと念を押したこともあってか、傍観を決め込んでいる。
「人のオフィスまで乗り込んで、一体何の騒ぎだ?」
何やら不穏な空気が漂い始めたところへ、ようやく電話を切った工藤が口を挟んだ。
「夜分に大変失礼しました。いや、これにはわけがありまして。ここにいる彼は名前も素性も話してはくれないし、たまたまここに出入りしていたのを見たので、ここに来たらいるのではと伺った次第です」
「ほう? 俺はここの責任者の工藤だが、それで、こいつにどんな要件で追い回しているんですかな? T大の先生ともあろうものが」
「追い回すとは人聞きの悪い。私はただ、彼に弁明を求めたかっただけですよ。それで彼はここの所属タレントか何かですか?」
工藤はしばし間を置いて口を開く。
「タレントとはちょっとばかし、違うが………」
「悪いんやけど、速水さん」
二人の間に割って入ったのは三田村だ。
「あんたが、せっかくのデートをぶち壊されて? 恥かかされて怒っているのはわかるけど、今、桐島とつき合ってるのんは俺ですねん」
「え………」
今度はさすがに速水も一瞬言葉がなかった。
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