「ああ、彼女のことを思い出すと、今でも心がうずく! 京助、貴様にはこんな純粋な恋心なんかわからねぇだろうなぁ」
尚も突っかかる速水を見て、京助はフンと鼻で笑う。
「てめぇの薄汚れた心なんかわかってたまるか」
「何だと?」
「そういえば、ピアニストの桐島さんて、京都の祇園高校の出身って言ってたけど、小林さん、高校はどちらでした?」
またしても喧々囂々が始まりそうな二人を遮って、文子が唐突に千雪に声をかけた。
「え、桐島……恵美?」
がたんと立ち上がったのは速水だ。
「何で知ってる? 名探偵!」
今にも飛び掛かりそうな勢いで速水に睨みつけられ、千雪は少々困惑する。
「高校のクラスメイトってだけですよ」
「じゃあ、やっぱりそうなんだ? 世の中って狭いのね。恵美さんとは父の仕事の関係で結構前から知ってて、この冬、ニューヨークでリサイタルがあった時、彼女、ちょっと話してくれたのよね、高校の時に好きな人がいて、すごいきれいな名前の人でって」
文子の言葉に、とうとう速水は席を立って千雪の傍にやってきた。
こいつ、ほんまウッザ!
千雪は速水を睨み付ける。
「まさか、だよな?」
「でも、小林千雪なんて、そんなにある名前じゃないもの。しかも男の方で」
文子は千雪の思惑とは裏腹に、さらに速水を煽るような発言をする。
千雪が桐島恵美に告られたのは高二の夏だった。
忘れたわけではないが、正直誰かと付き合う気にはなれないと断った。
江美子や研二といることが大事だったのだ。
「うそっ! 名探偵にもそんな過去があったなんて!」
「しかも振った? 何で?」
お蔭でみんなの冗談過ぎるといいたげな視線が千雪に集まった。
「先輩、そんな話、初耳でっせ? しかも、振った? 何でですの?」
佐久間も興味津々かつ怒りさえ滲ませた目で千雪を凝視した。
「何で、あの桐島さんが選んだのが、名探偵なんだ?」
よほど千雪に負けたような格好になったのが悔しかったのか、速水は千雪の前に仁王立ちになって詰め寄った。
「さあ、多分、探偵小説が好きやったんやないですか?」
こいつ、冷ややかに当てこすった。
本当はもっと言ってやるところだが、こんなところで毒舌を吐いて座を白けさせるようなことは千雪としてもしたくはない。
まあ、明らかに皮肉った言い返しに、ぐっと千雪を睨みつける速水の顔を見て、少々、溜飲が下がる。
「千雪、てめぇ、そんな話、俺も聞いてねぇぞ!」
ところが直情的になって割り込んできたのは京助だ。
アホか。
早々にこの場を収めないと、こいつ何を言い出すかわからへん。
「お前には関係あれへんわ」
「何だと?!」
「なるほどね、小説家様ともなれば、先輩も呼び捨て、ピアニストごときじゃ名探偵にはふさわしくないってわけか」
どうやら新たな嫌味のネタを得た速水は、忙しく飛び回っている店員を捕まえてウイスキーをオーダーすると、自分の席に戻っていく。
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