「ええ、従姉妹と夕食の約束なんです。鴻池さんもお待ち合わせですか?」
白々しくも聞いてみる。
「この後、代理店の人間と打ち合わせがあってね」
どうだか、と千雪は思う。
得たいの知れない不気味さを持つ鴻池の目は、千雪をじっと見つめている。
鴻池和路、四十二歳。
財界の大手である鴻池産業傘下の鴻池物産代表取締役である。
とても二児の父親とは思えぬ若々しさがあるこの男は、青山プロダクション社長の工藤にとってMBC時代彼を引き立ててくれた上司であると同時に大学の先輩にもあたる。
法学部出身ということは千雪にとっても先輩にあたる。
宮島研究室でなかったことが幸いと言える。
工藤にはいろいろと世話になっている千雪にしてみれば、今現在、工藤の仕事上のスポンサーでもある鴻池に対してはあまり強く断罪しないよう気をつけてはいる。
ともすると徹底的に糾弾してしまいそうな千雪としては、めちゃくちゃ譲歩しているつもりだ。
「それにしても、昨今の経済状態は如何ともしがたいね」
一言口を切ると、ウエイターが千雪のお茶を運んでいる間も、鴻池は経済だの株だの、澱みなく話し続ける。
時々質問する千雪に、的確な分析で解答をくれる。
聞いていて千雪もさすがは財界のTOPクラスを行く企業の人間だと感心しないではいられないのだが。
「ところで鴻池さん、もうそろそろ本題に入りませんか?」
鴻池の話を遮って、千雪は切り出した。
「ん? 本題とは?」
「俺をつけまわすの、もうやめましょうよ、ってことです」
「んん、それは必ずしも事実とは言いがたいね、私の歩く前にたまたま君がいた、ということも言えるからねー」
冷ややかな笑みを湛えて、鴻池はしゃあしゃあと答える。
「次の小説のタイトル、『ストーカー殺人事件』にしよか思うくらい、俺の中で妄想が広がってしもてて」
ジロリと千雪は鴻池を睨みつける。
「中年のミステリー作家が、ある日ストーカーされとることに気づくんです。ストーカーは実は財界の大物で、ちっともよくなれへん経済状態に嫌気がさして、いつからかその原因が、みんなが虚構の世界に逃避してもうて、現実に目を向けない、ひいてはミステリーを創りだす作家の責任や思い込んで、嫌がらせするようになったいうわけです」
「ほう? それでその結末は?」
いかにも面白そうに目を輝かせ、鴻池は先を促す。
「二通り考えとおります。ストーカーがまんまと作家を殺してしまう、いうのと、もう一つは」
「もう一つは?」
「ストーカーされとるうちに逆にストーカーに殺意を持った作家が、正当防衛を装ってストーカーを殺してしまう。で、作家はそれを題材にまたヒット作を書いてのうのうと生きていくいう話ですわ」
さらりと言って、千雪はカップのお茶を飲む。
「面白いね。その後のやつ。工藤に言って、次の映画に持っていこうじゃないか」
椅子にふんぞり返って、鴻池は言ってのける。
千雪はイラっとして眉根を寄せる。
「なんで俺をつけまわさはるんです?」
「そんなこと、当然だろう? 実は才と類まれな美貌の持ち主である君がよれよれの中年作家を現実世界で演じている、興味を持たなくてどうする?」
顔をぐいと近づけて、鴻池が言い切った。
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