「もう、うんざりやねんけど。よほど訴えてほしいんですね?」
千雪も負けじと顔を近づける。
「いいねー、アップにも耐えうるその美貌、一つ一つのパーツがまるでアーティストが創り上げた奇跡の産物だ」
間近でじろじろ見つめられ、千雪は思わず顔を引っ込める。
「いっそのこと、その映画に君をそのまま使いたい。ストーカーにしてみれば、実に征服意欲をそそられる存在だ」
ぎょっとするようなことを平気で口にする。
いよいよ頭にきた千雪は、本と自分のレシートを掴み、ガタンと音をたてて立ち上がる。
「ほんま、ええ加減にせえよ、このオッサン! やってられへんわ!」
捨て台詞を残して千雪が立ち去ろうとしたその時、「鴻池さん」という声がかかる。
「ちょっと早く着いたので、お茶でもしようと思っていたんですよ。あの、こちらは?」
背が高く、仕立てのいい服を身にまとったおぼっちゃん風なその男に、千雪はどこかで会った気がした。
「次の映画で主演をお願いしているところなんだよ。小林くん、こちらはプラグインの藤堂くんだ」
千雪はああ、と思った。
「始めまして。いつだったか青山プロダクションですれ違いましたよね?」
にこにこと害のない笑顔を向ける藤堂に、千雪はどうも、とブスっ面で頭を下げる。
「失礼します」
千雪は振り返りもせずにキャッシャーに向う。
全く!
何が次の映画だ、ばかばかしい!
鴻池の目的がそれだけのことだとは思えない。
にしても、俺が紫紀さんに話しても、痛くも痒くもないと思ってるんやろか。
そういや、忘れてたけど、ホテルで襲われかけたんや。
ったく、計りしれん男やし。
「小林くん、ですか? 彼」
千雪の代りに席についた藤堂は、じっと千雪の後ろ姿を追いながら、鴻池に尋ねた。
「美人だろ? スクリーンに彼が登場することを考えるだけでぞくぞくするね。実物にも興味があり過ぎるところだけどね」
つい小一時間ほど前、打ち合わせの場所をこのホテルにしたいといわれた藤堂は早く来てひどくラッキーだと思った。
何しろ、あの美人に会えたのだ。
どうも良太も彼のことを隠したがっているふしがある。
それは次の映画で主演をさせるという理由からだったのかとは思うが、さきほど、声をかける前に、その小林くんの口から発せられた言葉が気にかからないではない。
『ほんま、ええ加減にせえよ、このオッサン! もうやってられへんわ!』
間違いなくそう言った。
どうも彼は鴻池のことを好意的には見ていないような気がする。
「では早速、先日ご依頼のあった件ですが…」
このことを工藤は知っているんだろうか。
この人、かなり強引に突っ走るところがあるからな。
それに、完璧、この人、あの美人を狙ってるぞ。
とりあえず仕事の話を進めながら、良太ちゃんが大阪から戻ってきたら、確かめてみよう、と藤堂は決めた。
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