夏休み12

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 大阪は東京よりさらに暑かった。
 いや、せかせか動く人々に余計に暑さを感じないではいられなかった。
 九時にホテルにチェックインし、そのまま打ち合わせを兼ねてディレクターたちと飲みに行った良太は、周りを飛び交う関西弁の襲撃になかなか頭のエンジンがかからなかった。
 話題はどこもかしこも関西タイガースの優勝だ。
 道頓堀川に飛び込む宣言だの、まだリーグ優勝を決めたわけではないのに絶対日本一になるぞ、宣言だの、奥から始まった関西タイガース応援歌の合唱が、やがては店中に広まった時点で、スタッフは河岸を変えることにした。
 十二時ちょっと前に、打ち合わせが終わった。
 良太はそのまままた別の店で飲もうという誘いを断って、タクシーでホテルに戻ってきた。
「広瀬」
 ロビーでいきなり声をかけられた良太は、訝しげに振り返った。
 良太、良太ちゃん、以外広瀬さん、とは呼ばれることはあるが、最近、自分を広瀬、なんて呼ぶ人間は皆無だからだ。
「…沢…村…」
 驚いたなんてものではない。
 快進撃を続ける関西タイガースの四番打者が、そこに立っていたからだ。
「お前の会社に寄ったら、このホテルだって教えてくれた。ちょっとつき合えよ」
「寄ったって、会社に?」
 まさかこんな安ホテルに沢村が泊まっているはずはないとは思ったがそういうことか。 
 命令口調でそう言うと、沢村はたったか先を行く。
 有無を言わせないというその態度には少々ムッとするが、何しろ、今ここで彼を怒らせるわけにはいかない。
 良太は黙って後に続いた。
 そういえば夕べはスワローズと神宮だったから沢村、東京にいたんだ。
 タクシーで連れてこられたのは、難波の繁華街からちょっと離れた場末の静かなバーだった。
「再会を祝して、ってとこか」
 沢村はバーボンを、良太はラム酒を注文して、グラスを合わせる。
 目の前で見る沢村は、学生の頃よりさらにガッシリと大きくなった気がしたが、百九十センチを超える身長のお陰で無駄のないシルエットを見せている。
 白いシャツに日に焼けて引き締まったマスクがまぶしいばかりだ。
「それにしてもお前がマスコミに身を投じたとは意外だったな。しかも、芸人の真似事までするなんて。生涯ピッチャーで生きていく、なんてほざいていたお前が」
 そらきた、嫌味の第一声だと、良太はちょっと眉を顰める。
「別に、諦めたわけじゃないさ。ただ、いろいろとその、事情があるんだよ」
 父親の工場を継いだら、草野球チームでもいいからピッチャーやろう、なんて昔は考えていたのだ。
「ああ、なんか、大変だったらしいな」
「え…」
 何で知っているんだ、とは思うが、今さらそんな話もしたくはない。
「夢をかなえる者もいれば、挫折する者もいるってことさ。プロ野球の大スター様にはわからないだろうけど」
 ははは、と自嘲を交えて良太は口にする。
「俺は、お前の口からそんな言葉を聞きたかったんじゃねんだよ!」
 語気も荒く、沢村が言い放った言葉は少し意外だった。


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