ACT 2
小林千雪は閉口していた。
ここのところ姿を見せなかった『ストーカー』が、また最近周りをうろつくようになったからだ。
「どうやら、海外の出張から戻ってきたいうとこやろか」
独り言を呟きながら、千雪は大学をあとにする。
夏休みだから来ないだろうとたかをくくっていたのに。
やっかいなのはこの『ストーカー』が、彼の出身学部のOBであり、たまに千雪が担当する講義に姿を現したとしても、咎める理由が希薄だということだ。
しかも、若い女の子ならいざ知らず、ちょっと名の知れたミステリー作家とはいえ、一見してくたびれた中年の法学部講師が『ストーカー』されてますなんて言ったところで、気の迷いでしょうくらいで一笑にふされるのが関の山だろう。
それにしても、敵もさるもので、京助の姿がないのを確認して『ストーカー』している。
千雪もわざわざ相棒の京助に話すつもりはない。
ヘタに話したら、京助のことだ、何をするかわからない。
せっかくごまかしている二人の関係を簡単にばらしてしまうに違いない。
ひょっとしたらそうかも、と思わせるのと、はっきりと暴露するのでは、受け取り方がかなり違う。
まあ、この『ストーカー』、害があるというわけではないし。
今のところは。
たまに話をするのだが、何が目的なのか、イマイチよくわからないのだ。
というわけで、放っている。
このくそ暑いのにちょっとうっとおしいだけだ。
良太に近づかないように、と忠告しただけなのに、それが気に食わなかったのだろうか。
大通りに出て千雪がタクシーを拾うと、後ろを歩いていた『ストーカー』も後に続いた。
エントランスでタクシーを降り、メガネをはずして、ポケットにしまうと、千雪はホテルの中に入っていった。
京助が学会でニューヨーク出張なのを知って、従姉妹の小夜子が食事をしようと彼を呼び出したのである。
京助の兄紫紀と結婚し、三児の母でもある小夜子は、実家の呉服問屋の役員としても忙しくしているが、従兄弟の千雪のこともちゃんと気にかけてくれる。
待ち合わせまで結構時間があるのだが、久しぶりに現れた『ストーカー』がうるさくて、とっととホテルまで来てしまった。
とりあえず本でも読みながら時間を潰そうと、ラウンジに入っていくと、案の定、『ストーカー』も入ってきて、千雪のテーブルの真向かいに席を取った。
この『ストーカー』、どこから見ても立派な紳士、なところも始末に悪い。
事実、オーダーメイドのスーツを爽やかに着こなしている立派な本物の紳士なのだ。
ったく、サングラスまでサマになっとるし。
本に目をやっていても、『ストーカー』の視線が気になって、ちっとも集中できない。
時間もたっぷりすぎるくらいある。
ふう、と大きくため息をつくと、千雪は徐に立ち上がり、つかつかと『ストーカー』の前に歩いていった。
「ここ、よろしいですか? 鴻池さん」
バン、とテーブルに本を置いて、千雪は声をかけた。
「おや、小林くん、奇遇だね、どうぞどうぞ」
よう言うわ、このオッサン。
心の中で悪態をつきながら、椅子に腰を降ろし、ウエイターに席を移ることを告げる。
「待ち合わせ?」
鴻池はサングラスをはずし、かすかに笑う。
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