真剣に何かに打ち込んでいる人間の表情は美しいと思うが、本当は豪は人間を撮るのはあまり好きではない。
ただ、穢れない子供たちの瞳は別だ。
動物や自然の嘘がない純粋さだからこそ追い求める。
肉食獣が獲物を捕らえるための狡猾さすら、生に対して純粋であると思う。
それが豪を惹きつけて止まない。
人間のエゴからくる狡猾さと同じくくりにしたくはない。
どうしても、と懇願されて受けた井上美奈子の撮影はそれなりにうまくいったと思うが、その後の売名行為的なやり方には正直言って腹が立つ。
撮影が終わり、お疲れ様でした、と頭を下げた途端、豪の携帯が鳴った。
まさか元気? と慌てて出てみれば、相手はみっちゃんこと、古田光彦、人気ロックバンドGENKIのベーシスト兼マネージャーである。
一瞬ガックリしたものの、飲みの誘いに、おそらく井上美奈子の件で誤解を招かないためにも行くと返事をした。
「最近、えらく景気よさそうじゃん。巨乳の人気女優ともいい感じで」
指定された居酒屋の四人掛けテーブルで、生ビールで乾杯したあと、案の定明るい声でみっちゃんに皮肉られた。
「誤解だ! あんなの、嘘っぱちだって! ありっこない!」
バンバンバン、と、豪は力任せにテーブルを叩く。
「お前、テーブル壊すなよ」
「マスコミってか、あの女優の事務所にはめられたっつうか……」
「ああ、わかった。で? 元気と喧嘩したって?」
ストレートに問われて、豪は、うっと詰まる。
「喧嘩……っていうか、そこまでいかないっていうか……とにかく元気、携帯も切ってるし、電話したら、仕事中だっつって切られちまうし………もう何日も元気の声聞いてない……」
「そりゃ、お前、どうどうと全国放送で浮気話流してみろ、声なんか聞きたくもねーだろ」
みっちゃんの世間話をするかのような穏やかな声にもかかわらず、歯に衣着せぬ台詞がぐちぐちと語る豪の胸にグサリと突き刺さる。
そこへまた豪の携帯が鳴った。
表示された一平の文字にぎょっとしたが、恐る恐る豪は電話に出る。
「てめー、いい度胸だな」
地の底から聞こえるような恐ろしげな一平の声に豪は固まった。
「聞いてんのか、こらぁ」
「誤解だ! とにかく天地神明に誓ってあんなの嘘っぱちなんで」
やっとのことで豪がそれだけ言うや、電話は切れた。
「一平も相当怒ってたからなあ」
みっちゃんが笑う。
「ほんと冗談じゃないって、俺、元気一筋なんだからぁ」
懸命に主張する豪の声には泣きが入っている。
一平の声には熱帯夜も一瞬涼しげに思えたくらいだ。
GENKIの名ばかりのリーダーである一平は、でかくて強面だが今やミュージシャンの中でも一、二を争う人気ボーカリストだ。
そして実は元気をこよなく愛していて、豪にしてみれば、横から元気をかっさらった形の豪の前に魔王のように立ちはだかり、何かあれば元気を取り戻そうと狙っている天敵なのだ。
「元気の方はどうかなぁ?」
「そんなぁ……元気ぃ……」
このまま元気が連絡拒否とかしてたら、どうしよう。
一平の脅しも後を引いて、豪はどれだけ飲んでも深い闇の森へと沈んでいくばかりだった。
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