鬼の夏休み20

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「あ、そうだ、さっきプリンとかお渡ししたんで食べてくださいね」
 別れ際、良太は千雪に伝えると、駐車場から車を回してくれた公一からキーを受け取って運転席に乗り込んだ。
 工藤が助手席に座ると、良太はそろそろとアクセルを踏む。
 藤原と公一が頭を下げて見送るのをバックミラーで見やりつつ、良太の運転するベンツは綾小路の別荘を後にした。
「今夜が若めのセレブとかセレブもどきとすると、明日の晩はもっと重々しい連中が来るんですよね?」
「だろうな」
「やっぱ俺も?」
 良太は一縷の望みをもって確認のために聞いた。
「苦手なものを克服するのが大人だろ」
 しれっと言う工藤に、「ちぇ、自分こそすぐ逃げだす癖に」とモソモソ良太は口にする。
「何だ?」
「いえ、別に」
 やっぱ俺も行くのか……。
「紫紀さんが知り合いの企業のCEOを紹介するとかって話だ」
「はあ、それはやっぱ行かないわけにはですよね、工藤さんは」
「ぜひお前にもって、話だったぞ?」
 その言葉に良太はうっと口を噤む。
 ほんとかよ? と良太は胡乱な顔でチラリと隣の男を見やる。
「何時からですか?」
「七時だ」
 仕方ない、どこかで適当なスーツを見繕って………。
「確かショッピングプラザあたりにポールスミスがあっただろ。二、三着選んで来い」
「げ、だってあんなの一着、十万からしますよ? 明日の数時間のためにもったいないっすよ。東京に戻って前に買ったミランドラとか持ってきた方が………」
「スーツなんか、何着もってようが消耗品だろうが。タイとかカフスも忘れるなよ」
 工藤には東京に戻って持ってくるなんて話は右の耳から左の耳へ抜ける戯言にも認識されなかったようだ。
「はあ」
 確かに、スーツは着ていればくたびれるだろうけど。
「そういえば、お前、熱海にはいつ行くつもりだ?」
 唐突に聞かれて良太は、答えに戸惑った。
「もうお盆は過ぎたし、別にいつでも。顔みせなだけなんで。じーちゃんたちの墓参りはこないだ、オヤジとオフクロが二人で菩提寺に行ってきたみたいだし」
「菩提寺は川崎にあるのか?」
「ええ、母親の実家も隣町だから」
 最近ようやく、昔住んでいた町の知り合いにも顔を合わせられるようになったと、父親は言っていた。
 何しろ、家も工場も取られて、夜逃げ同然に熱海に向かったのだ。
 熱海の仕事を確保し、妹の亜弓と両親に逃げ道をオフレコで教えてくれたのは、ヤミ金などに理不尽な取り立てをされている被害者の救済に手を貸している弁護士で、中野と言った。
 父親はにっちもさっちもいかなくなって、顔見知りの弁護士に相談したところ、紹介してくれたのがその中野弁護士だ。
 ほとんど金にならないようなこともボランティアでやっているというその弁護士自身、ボロい事務所でスタッフ一人使っていない男だったらしい。

 


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