「旧軽のカフェでしたっけ?」
ハンドルを切りながら良太は千雪に聞いた。
「前に、通りかかっていっぺん入ってみよ思うとったんや」
ナビに案内されて辿り着いた店は、ちょっとした林に囲まれた古い木造の建物だった。
ランチメニューはパスタやカレーと自家製パンが最近ちょっと話題になっているらしい。
「こんな店ありましたっけ?」
良太も何回か軽井沢に来ているが、この辺りにこんな店があったら覚えていそうなのにと思う。
「最近らしいで。先代の当主が亡くならはって、その息子がこの店を始めたんやて。オーナーがパン職人なんや」
併設のベーカリーには美味しそうなパンが並んでいるのが見える。
樹々に囲まれたテラス席に二人は陣取ると、カレーとパスタのセットをそれぞれ頼んだ。
「カップルとか女の子同士が多いですよね」
良太は店内を見回した。
「まあ、雰囲気がええもんな」
「いいですよね。ここ、ロケとかOKしてくれるのかな」
ついボソリと口にしたセリフに、千雪が笑う。
「すっかりプロデューサーやってるやん」
「え、いや、そんな大それたもんじゃなくて、いざって時のストックがないと」
二人は思いのほか腹が減っていたようで、パスタもカレーもそれなりに美味かったが、「これ、めっちゃうまい!」と舌鼓をうったのは、クロワッサンだ。
「ほんまうまいな」
二人とも食べている時は口数も少なく、コーヒーが出てやっと落ち着いた。
「あとでパン買っていこう。杉田さんにも」
「あ、工藤家の家事やってる人?」
「そうそう。平造さん、今、人間ドックなんで、その間きてくれてるんですけど、知ってます?」
良太は説明した。
「いや、名前だけ、逢うたことはないけど、古くからの人やろ? 藤原さんに聞いた」
「ほんとですか? 藤原さんて何者?」
あの慇懃な藤原氏が杉田のことまで知っているとは。
「せやからな、藤原さんて、子供の頃からあの綾小路のうちで育ったらしいね。夏とか冬とかあこの別荘に来るときはもちろんついてきはったらしうて、お使いの途中で工藤家のきれいなお嬢さんに逢うて、憧れやったみたいやで」
「それが? 極妻?」
良太は少し声を潜めて聞いた。
「せや。藤原さんが十歳くらいの時、古い資産家の工藤家のお嬢さんはこの界隈でも評判の美人やったらしい。高校生くらい?」
一口コーヒーを飲んでから千雪は続けた。
「ものすご美人やけどものすご勝気なひとやったて。そのお嬢さんがたまたまこの地を訪れとった当時の中山組の若と出くわして、まあ、所謂恋に落ちよったいう」
「略取とかじゃなくて?」
良太は聞き返した。
「相思相愛。当時あっという間に二人のことが知れ渡ってしもて、工藤夫妻は、中山組まで出向いて一人娘を返してくれ、言うて談判しはったみたいやけど」
「うわ、勇気ありますね?」
「そら、掌中の珠をかっさらわれよったらな。けど、両親に引導渡したんはお嬢さんで、自分は若と一緒になる、勘当してくださいて頭下げたいう話で」
「すっげ……」
良太はしばし、小説より奇なりな話にしばし呆気にとられた。
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