明かりが灯るころ1

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 忙しい年が暮れたと思ったら、また忙しい年が明けた。
 ここのところ広瀬良太の毎日はそんな感じだ。
 ワーカホリックで横暴な社長は今日もヨーロッパの石畳なんかを闊歩しているんだろうけど、それでも良太の家族に対しては最大限の配慮をしてくれるあたり、憎めなかったりするのだ。
 熱海にいる家族のところへ良太が帰ったのは、大晦日に仕事が終わってからで、向こうに着いたのはもう夕方だった。
 それから元日の昼過ぎまでは一家四人で初詣に出向いたりしてのんびり過ごし、良太は夜八時過ぎに乃木坂に戻ってきた。
 ケージに入れられて連れまわされた猫のナータンだけは、かなりオカンムリだったみたいだが。
 もともと良太の家族は川崎市民だったのだが、人のいい父親が知人の保証人になったのはいいが、その知人が夜逃げしたために大きな負債を背負い、小さな工場も家も手放して熱海の温泉ホテルに住み込みで働くようになったのは、良太が大学四年の時だ。
 人がいいだけでなく楽天的な両親は、今の暮らしにさほど不満を持っていないし、良太と亜弓兄妹もまさしくその両親から生まれた子供だけのことはあって、直球な兄としっかり者の妹はそれぞれに独り立ちして何とかやっている。
 夕方、乃木坂の自分の部屋に戻ってきた良太は、一風呂浴びてから母親の作った御節が詰まった重箱を開けて炬燵の上に並べ、以前誰ぞに土産にもらった吟醸酒をグラスに注いだ。
 炬燵がけに収まって丸くなっているナータンを見ながら良太はほっと息をついた。
 明日がどんなに忙しかろうが明日は明日。
 いつもの怒鳴り声が聞こえないことにほんのちょっと寂しい気がするのは置いても、今こうして寛いでいられるのがささやかな幸せなのだ。
「かなり忙しいぞ、大和屋さんのイベント」
 大和屋は日本橋にある老舗の呉服屋だが、代理店プラグインの藤堂の話では、忙しい年末に慌しく進行したにもかかわらずプロジェクトはCMの効果も上々のようだ。
 翌二日からは着物の展示が始まり、付随して茶の湯も披露されることになっている。
 四日には着物ショーが開催され、この青山プロダクション所属で俳優の小笠原裕二をはじめ中川アスカ、南沢奈々が出演する予定だ。
 さらには三冠王関西タイガースの沢村智弘のほか数名の著名人が出演するということで、チケットは完売、期待感も大きい。
 何といっても功労者はCMクリエイターの佐々木だろう。
 業界では天才といわれてその実力には一目置かれている佐々木は、最近独立してオフィスを構えたばかりだが、その最初の仕事がこの大和屋のイベントプロジェクトだ。
 実は青山プロダクションがその小説の映画化やドラマ化をいくつか手がけているミステリー作家小林千雪から話を聞いて、彼の従姉小夜子の実家である大和屋の仕事をプラグインに持ち込んだのは良太だ。
 そこでプラグインの西口浩輔と独立したばかりの佐々木に良太がホテルのラウンジで小夜子を引き合わせたのはハロウィンの夜だった。
 だがまさかそのことが、ある二人の運命を変えてしまうことになろうとは、良太も思いも寄らなかったのだ。


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