「大学時代から付き合い始めて卒業すると純也さんも一緒にうちに来てくださったんですが、父は純也さんだけ追い返して、姉を部屋に閉じ込めたんです。でも姉は部屋から抜け出して東京に戻ってしまいましたの。私はこっそり夜中に手伝わされて、姉の味方のつもりだったんですよ。見た目は華奢な姉でしたが、頑固一徹は父親の血を引いてましたわ」
その頃を思い出したのか、真美は寂しそうに笑った。
「それから父は岡本さんのお宅に怒鳴り込んだり、手を尽くして探しましたけど、二人はどこかに隠れてしまって、でもまさか、アメリカに渡っていたなんて思いもよりませんでした」
「両親は、真美さんにも連絡をしていなかったんですか?」
ケンは尋ねた。
「ええ、メールとか携帯でたまにやり取りをしていたので、赤ちゃんができたことも生まれたことも私だけは知っていました。でも居場所は教えてくれなかったんです。それから、音信不通になってしまって……ただ、連絡が途絶える前、会わなくてはならない人がいるからと……それが最後でした」
真美は零れ落ちる涙をハンカチで拭った。
「どこかできっと家族三人幸せに暮らしているのならと、それだけを願っておりましたのに、ブラッドリーさんからの連絡は寝耳に水でした。ただ、戻ってきた姉の遺品の中に、ロウエルさんから裕子さん宛の手紙が何通かあって、その上、姉の子供を引き取って下さったのがロウエルさんだと知って、もしや母から聞いたことがある、父の妹の恋人だった人と同一人物ではと思い、親しい弁護士を通じて調べていただいたんです」
それを聞くと、ケンは千恵美から瑠美とロウエルが手紙のやり取りをしていて、その手紙を見せてもらったところだと話した。
「まあ、千恵美、どうしてそんな勝手なこと……」
「だってあの家じゃ、伯母様のこと腫物に触るみたいな扱いじゃない。キース・ロウエルさんがケンのお父さんじゃないかって聞いて、持ってきたのよ」
咎める真美に、千恵美は言い返す。
「父と一緒に暮らせて、とても幸せでした」
ケンが言うと、また真美は涙を拭った。
「……そうね、ほんと、因果ですね……父はロウエルという名前さえ憶えてもいないんです。全て父のせいだとは申しませんが、裕子さんのことも姉のことも、父がもっと広い心の持ち主だったら、何か変わっていたのではないかと……そんなこと考えても今更どうしようもないことですけど……」
その時、ケンはもやもやしていた心の中がふっと晴れていくような思いにかられた。
「いや、今ここに俺がいることが事実なのだと思います。長い間、自分が何者なのか不安定なところにいると思っていました。でも、あなた方とお会いできてようやく自分のいる場所がわかったと思っています」
簡単なことだったのだ。
父ロウエルとの幸せこそがルーツだったのだと。
実の両親や縁者と会えたことで、やっと、それがわかった。
何て俺はバカだったんだろう。
「姉夫婦が亡くなっていて、一人残されたあなたがどんなふうに暮らしているのか気がかりで、もし不自由な暮らしをしているのなら、父に内緒で援助をしようなんておこがましいことを考えたり……。でも調査をしてくださった弁護士に言われました。ロウエルさんはうちなんか及びもつかないくらいのニューヨークでも知られた資産家だと。それに、あなたは若くして大学の教授になられたほど、才能ある方だと」
「ご心配いただいてありがとうございます」
別れ際、真美は近いうちにぜひ、二人の墓参りに行きたいとケンに告げた。
さらに真美は千恵美に、たまには家に帰るようにと言い、ついでのように、「千恵美のこと、よろしくお願いいたします」と頭を下げた。
真美に初めて面と向かって言われた純は、瞬時に硬直し、なんとか「はい、わかりました」とだけ答えた。
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