「本物と会ったら、あいつ、舞い上がるぞ。でも、ハンスもF1関連?」
純がケンに聞いた。
「ああ、ゴルトベルガーって、F1のチームを持ってるから、色々話が聞けるんじゃないかって」
「待った、チーム持ってるって、まさかG社の?」
純はケンの腕を掴む。
「ああ。次期CEOって話」
「何か………ケン、段々話がアメリカからワールドワイドになってないか」
純は半分呆れた声でアレクセイやロジァと笑っているハンスを見た。
「アレクセイの友達だからな」
「ふーん。けど、そんなお偉方が、何で今頃日本に? 家族とかも一緒?」
ケンはしばし言葉を噤む。
「最近、離婚して、クリスマスは家族サービスしてたみたいだけど、今はプライベートが暇らしい」
「そうなんだ」
享にはアレクセイとは知らせず、お前の喜ぶ相手がいるから来い、と純がメールすると、何だかわからないけど、とりあえず行く、と返事が返ってきた。
「場所メールしといたから、あとから合流するって、享」
「そうか、よかった」
ケンは頷いた。
「純、今、お店に電話入れたら、七人OKだって」
千恵美はそう言ってからちょっと小首を傾げた。
「でも、庶民の居酒屋だよ? いいのかな。もっと料亭みたいなとこじゃなくて」
千恵美の懸念を純が伝えてきたので、ケンは笑った。
「かまわないさ。君らがよく行く店にぜひ行きたい」
ホテルのエントランスで二台のタクシーに三人ずつ、場所がわかっている千恵美とアレクセイにロジァ、もう一台には千恵美と連絡を取れる純とケン、ハンスがそれぞれ乗り込んだ。
アレクセイやハンスがロビーに現れると、総支配人が現れてタクシーがホテルから出てくるのを丁重に見送っていた。
隣に並んでハンスが座ると、ケンは何やら落ち着かなかった。
そういえばハンスと会うのは秋以来だと思うと、余計に体温が上がるような気がした。
「しかしよく似てるな、ケンと純は」
ケンの葛藤など知らぬげに、ハンスは助手席に座った純の後ろ姿を見ながら改めて言った。
「俺も最初驚いた。純は大学生だが非常にしっかりしている。今回思い付きで日本に来てしまったのに、純のお蔭で色々わかったし、短期間で動くことができた」
「ケンは怖いものなしのくせに、ぼんやりのところがあるからな」
笑みを浮かべるハンスの声は、ケンの心の中に優しく語り掛けるようで、ケンも次第に落ち着きを取り戻した。
「だいたい、日本に来るつもりなら日本語くらいマスターしておけよな」
ハンスとケンの会話が耳に入って、純が口を挟んだ。
「わかった。今度来るときには少しでも会話ができるように頑張ってみるよ。でも日本語は難しい。漢字やひらがなや、覚える文字も多いし」
「日本人の友人も何人かいるが、実に複雑な言葉だ。私、という単語一つとっても日本語の場合、たくさんあって、男女の使い分けだけじゃなく、肩書や年齢や場所なんかによって色々使い分けるんだ。それを聞いて俺なんか最初の段階でめげてしまった」
ハンスが肩をすくめてみせる。
「同じ内容でも言い回しが色々あるからな。まあ、ケンの場合は、私か僕か俺くらい覚えておけばいんじゃね?」
笑いながら純が振り返った。
「難しいと思うから難しいんだ」
「なるほど、そういうもんかな」
新橋駅に近い通りにある店は居酒屋というよりカフェのような雰囲気で、外は寒いのにドアを開けるとムッとするような熱気に包まれた。
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