東京へ行こう 37

back  next  top  Novels


「今夜はちょっと疲れたからいいや」
 ケンは言った。
「OK」
 お茶を受け取ったケンがロジァの向かいに腰を降ろすと、アレクセイは二つのグラスにコニャックを注いだ。
「ハンス」
 窓際にぼんやり立っていたハンスは、アレクセイに呼ばれてやってきた。
「うん、なかなか」
 アレクセイとグラスを合わせたハンスは琥珀色の液体を口に含んで頷いた。
「それで? ケン、日本に来た成果はあったのか?」
「かなり」
「へえ?」
 アレクセイが目で続けろと促した。
「父親の実家、岡本家では滅茶歓待してくれたし、ちょっとしたお互いの誤解も解けた。情に厚い、優しい家族だ」
 正月には雑煮を食べ、神社に初詣に行ったことや、ケンは岡本家で過ごした体験をかいつまんで話した。
「昨日は千恵美と純と一緒に、母の実家に行った。名古屋に行くとき新幹線に乗ったんだが、富士山がすごくきれいに見えた」
「そいつはラッキーだったな。俺はまだ富士山を見たことがない」
 ちょっと悔しそうにアレクセイが言うと、「俺は以前、見たことがあるぞ。優雅な山だ」とハンスが得意げに言った。
「ここで、実は一つの謎が浮かび上がったんだ」
「謎?」
 ケンは一呼吸おいて口を開いた。
「千恵美の話から、母が以前からロウエルを知っていたということがわかったんだ」
「何が謎なんだ?」
 ハンスも身を乗り出してきた。
「ロウエルからは、若い夫婦が奇禍にあったところに偶然出くわし、不憫だったのでその子供を引き取ったって。実の両親のことは十五の頃、初めて話してくれたが、日本人だったということ以外わからず、ブラッドリーに調査をさせているとだけ聞いていた」
 ブラッドリーは何も聞いていなかったのだろうか。
 ケンは思う。
「ところが、亡くなった母はロウエルと手紙のやり取りをしていたと、千恵美から聞かされた」
「どういうことだ? つまり、君の母上はロウエル氏と知り合いだったというわけか?」
 ハンスが聞いた。
「待てよ、ケンの両親はパスポートやIDもなかったから、長いこと身元不明だったって言ってたろ?」
 腕組みをしたアレクセイも口を挟む。
「そう。で、名古屋に行った時、千恵美が母の部屋にあったというロウエルからの手紙を持ってきてくれたんだ」
「やっぱ、あのロウエルからの手紙だったのかよ?」
 いつの間にかロジァもケンの後ろに立っていた。
「ああ。あのロウエルからの手紙だった」
「一体どういうこった?」
 ケンは手紙の内容から、かつてニューヨークに留学していた瑠美の叔母、裕子とロウエルは付き合っていて婚約までしていたこと、父親が危篤と聞かされて帰国したがそれは嘘で、裕子は無理やり親の決めた相手と結婚させられたこと、しかも裕子は嫁ぎ先で若くして亡くなったこと、瑠美はそのことを知って家族を嫌い、そのこともあって家を出たらしいことなどがわかったのだと話した。
「叔母の真美、千恵美の母だが、彼女と会って、そのことも確かめた。おそらくロウエルの父は深い傷を負ったんだと思う。手紙を出しても裕子の手には渡らず、裕子に裏切られたと思ったんじゃないかと」
 ケンの思いはまた亡き父、ロウエルへと馳せる。
「へえ、あの堅物のジジイにも、そんなロマンスがあったと」
 ロジァの言葉に、ケンは苦笑する。
「ロウエルの手紙によると、母はニューヨークに来る前にロウエルと手紙でやり取りし、裕子のことを知らせてロウエルの誤解を解いて、ニューヨークで逢う約束をしていたらしい」
 ケンはそこで少し言葉を切った。
「多分、逢えなかったんじゃないか」
 アレクセイはきっぱりと言った。
 事件のことを知った時、ロウエルもショックだったはずだ。
 だから二人の墓を建て、ケンを引き取ったのだ。
 ただ、倉本家に連絡を入れてみたが応対してもらえなかったということもあったかもしれない。
 だが……

 


back  next  top  Novels

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村
いつもありがとうございます