咄嗟にケンは近くの地下鉄への入り口へと歩き、階段を駆け降りた。
おそらくあの女性は仕事の関係者だろうとは思われた。
だが、どうしても仲好さげに会話する二人のことが頭から離れず、ケンは心ここにあらずでやってきた地下鉄に乗り込んだ。
仮に彼女とハンスが仕事を超えて歩み寄ったからといって、今更動揺するってなんだよ!
ケンは自分を叱咤した。
ダメだ。
こんなことくらいで、今日一日ぼんやり過ごしてしまった。
特別な仕事がないからといって、自分の仕事はあったのだがどうにも手に着かなかった。
ダメだ、こんなんじゃ………。
誰かのことで頭がいっぱいになって何もできなくなるなんて、今までになかったことだ。
メグと付き合っていた時も、別れを言い渡されてからも、精神が疲弊して落ち込んだし、きつかった。
だが、こんな、仕事が手に着かなくなるようなことはなかった。
ダメだ………、このままじゃ……。
はっきりしないからだ。
きちんとハンスに合って話そう。
何とか友達としてこれからもつきあっていければ………。
そんなことを考えて、何となくマンハッタンまで来てしまったのだが、さっきの二人の残像を振り払うように首を振る。
友達って……
次にハンスと会ったとして、今度付き合うことになった彼女だとか紹介されたら、俺、どうすんだろ………。
いや、再婚だって当然考えられるわけで………。
二人を祝福とか、ちょっと無理だろ。
ってことは友達っていっても、当分は会えないな……。
少なくとも俺にも恋人と呼べるような誰かができるとか、じゃなきゃ。
顔を上げると地下鉄がホームに停まってドアが開き、どっと人が降りてまた乗ってきた。
ドアが閉まり、窓越しに見た駅名はあまりよく知らなかった。
そしてようやく乗り過ごしたことに気づいた。
ほんとに何やってるんだか………。
次の駅で降りたケンは、逆のホームに渡り、ちょうど来た電車に乗り替えた。
見覚えのある駅をいくつか過ぎて、やがて自分の降りる駅でドアが開いた。
階段を上がり、トボトボといつもの道を歩く。
街灯に照らされて雪と雪の影が足元にチラついていた。
アレクセイを愛していたとしてもハンスは割り切ってブリュンヒルデと結婚したわけで。
もし、ブリュンヒルデが離婚を言い出さなければ、ハンスの結婚生活は続いていて、あの、天使みたいな子供たちの父親として、夫として幸せな家庭を築いていたはずだし。
ケンはマイナスの理由を心の中で並べ立てた。
もし、今ハンスと付き合うことになったとしても、いずれはああいう人種はどこぞのご令嬢と再婚てことになるだろうし。
そういう未来をわかっていながら深みにはまってしまったら、ちょっと立ち直れそうにない。
「どこぞの誰かと……」
唇に言葉を乗せた途端、足元から底なしの闇へと落ちていくような気がした。
あんな風にキスしたり抱きしめたり、すべてを包み込んでくれるような優しい笑顔を、ハンスは誰に向けるのだろう。
脳裏にはまたさっきの女性をエスコートしていたハンスが舞い戻る。
しばし動くこともできずにケンは立ち止まった。
胸が捻じれるようにキリキリと痛む。
しばらくそうして立ち竦んでいたケンだが、ようやく深呼吸をするとまた一歩踏み出した。
「雪だるまになっちまう……」
ただ錘でもついているかのように足が重い。
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