「工藤さん、お茶入りました」
ドアが開いて良太が顔を出した。
「ああ、そこに置いといてくれ。俺は適当に出かける」
「あ、送ります」
「いいから、お前は自分の用意をしろ」
「大丈夫です。ちょっとだけ待ってください」
良太はテーブルの上にマグカップにいれたお茶を置くと、すぐさま部屋に取って返した。
工藤の声はいつもと違うせいか、力なく聞こえる。
夕べの今日で、まあ、俺じゃダメな案件だろうから、仕方ないけど。
風邪は万病のもとなんだぞ。
さっきご飯をハグハグしていた猫たちは、炬燵の中に潜り込んでいるらしい。
五分でシャワーを浴びると、良太はとりあえず着替えてタイを結ぶ。
上着を着て鏡で身だしなみをチェックすると、置時計の時刻は九時を過ぎていた。
隣のドアが開く音がしたので、良太は慌ててブリーフケースと車のキーを手に部屋を飛び出した。
「何か、混んでますね」
しかも小雨が降り始めた。
赤信号で止まった時、ワイパーが雨をはじくのを見ていた良太が少し視線を上げてバックミラーを覗くと、工藤が腕組みをしたまま目を閉じている。
まあ、少しでも眠ればいいか。
でも、何か、気を張ってるのか、黙ってるといつも以上に隙ないし、オヤジだからこそカッコよかったりして。
ダークグレーにチョークストライプのスリーピーススーツに緑がかったグレーにドット柄のタイが重厚な趣を醸し出している。
前が動き出したのに気づいて、良太はアクセルを踏む。
おっと、工藤に見惚れて車ぶつけましたなんて、洒落にもならないぞ。
アスカさんにこんなとこ見られたら、またバカにされるし。
高輪って、工藤のマンション近いじゃん。
車はやがてヤザキ製菓東京本社ビルに近づいた。
エントランスの車寄せに車を滑り込ませると、「帰り、迎えに来ます」と良太は言った。
「ああ、帰りはタクシーを拾う。お前は自分の仕事をやれ」
工藤はそう言うと、車を降りてビルの中に消えた。
「ちぇ、こっちは心配してんのに。寝込んでも知らないからな!」
良太はブツクサと独り言を呟いてエンジンをかけた。
オフィスに戻ると、アスカと森村、それに鈴木さんが何やらおしゃべりで盛り上がっていた。
秋山は窓際で電話をかけている。
「おはようございます」
良太は声をかけると、キッチンに行ってコーヒーを入れてから自分のデスクに向かう。
「そうそう、あの不思議な瞳の色、吸い込まれそうってあの子のこと言うのよね」
夢見るような視線を宙に向けてアスカが言う。
「何とも言えない雰囲気があるのよね、優しい顔なのに、背が高いし」
鈴木さんも押しの誰かの話になると、JKのような表情になる。
「こないだすれ違った時、一インチくらい負けたかなって」
森村が頭に手をかざして訴える。
「え、モリー、何センチ?」
「え? 俺、五フィート十一インチ。六フィートにあと一インチ足りない」
「ん、わっかんない。センチで言ってよ」
アスカに言われて、「えっと、一インチは………」と森村は携帯を取り出した。
「二、五四センチ、一フィートは三〇、四八センチ」
良太が助け船を出した。
「何? 誰のこと?」
「松中諒くん。こないだスタジオですれ違ったのよ。なんか、フェアリーみたく可愛くて、カッコよくてさ」
アスカが嬉々として答えた。
「ああ、モデル出身の? 独特な世界感あるよね、清涼感っていうの? プロポーションいいし、最近、演技も評価されてるし」
良太も気にかけている俳優だ。
「ママが北欧系アメリカ人なんだって。大学、ニューヨークじゃなかった?」
「ニューヨーク大ですって」
アスカの問いに鈴木さんが答える。
「ウソ! 俺と同じじゃん!」
「え、モリー、ニューヨーク大なの?」
「近かったし」
ふと良太が窓際の秋山に視線を向けると、いつの間にか電話を終えた秋山はソファに座って少し険しい顔で手帳を見ていた。
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