春雷51

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 もちろんタブレットや携帯にスケジュールなどのデータは入っているが、秋山は重要なことは手帳に書き込んでいる。
「秋山さん、そういえば、例の佐藤さんの件、まだ終わりは見えないんですか?」
 良太は向かいに座ると声を落として尋ねた。
「ああ、今、小田さんと話していたんだが、あと一息というところまで来ているらしいが、そこから先がなかなか難しいそうだ。もう少し待てと言われたよ」
「そうですか」
 森村の掴んだデータで、滝沢は佐藤彰吾に陥れられて濡れ衣を着せられたらしいとはわかっているはずだが、確固たる証拠が必要なのだろう。
「そういえば、工藤さんは? カメラマンがインフルで倒れて、撮影が急遽延びてね、今度の映画のことで話したかったんだが」
「ああ、ヤザキ製菓の東京支社で打合せで。実は昨日から風邪引いてたんですよ、工藤さん。超珍しく」
「おや、まさしく鬼の攪乱だね。大丈夫なのか?」
 眉を顰めて秋山が聞いた。
「いや、今朝、おかゆとか食べて薬飲んだけど、気力だけで動いてるみたいです。夕べは何せ、斎藤さんの付き合いだったし」
「ああ、体調悪い時あの人の付き合いはきついな。しかし、インフルじゃないのか? 病院にも行ってないわけ?」
「熱があるようなら病院行かないとですよね」
 途端に良太もまた心配になる。
「かかりつけ医とかは?」
「いや、聞いたことないです。工藤さん、俺が入社してから風邪引いたとかないし」
 そう言ってから、横浜の病院にいる大学の同期に検診をしてもらったと言っていたのを思い出した。
「横浜の病院に大学の同期の先生がいるって言ってたけど」
「横浜じゃ、遠いな」
「いざとなったら、俺がしょっちゅう見てもらってる徒歩五分の病院に行けばいいし」
 あ、前に会った加賀ってヤバい系の医者なら、工藤と知り会いみたいだし、往診来てくれないかな。
「そうだな」
 そう言いながら、秋山はまだ鈴木さんや森村とおしゃべりが尽きないらしいアスカをチラリと見やった。
「松中諒、良太ちゃん知ってる?」
「そりゃ知ってますよ。最近いい芝居をするって評判だし、あのルックスだし」
「今度、映画でアスカさんとW主演になりそうで」
「え、そうなんですか?」
「松中くんのことで、アスカさん、舞い上がってるんだよ」
「ああ、それで」
「千雪さんといい、アスカさんの好きそうなタイプだろ。きれいな男子って」
 ふと、苦笑した秋山に、いつも以上に苦い表情を見たのは気のせいか、と良太は思う。
「いよいよ明日ですよ、年一回、忙しい日」
 良太はため息とともに呟いた。
「バレンタインデーってのは、クリスマスより厄介だよな」
 秋山も頷いた。
「ええ。俺なんかいつも母親か妹からもらう程度ですけどね。ああ、でも今年は亜弓、彼氏がいるから、俺なんか忘れ去られるかも」
「とか何とか、もらえなければもらえないで、寂しいくせに」
「秋山さんこそ、結構もらってるでしょ」
「まあ、大抵、業者さんとかからね」
 去年、秋山宛に届いたバレンタインギフトをチラっと垣間見たが、軽いチョコレートというより、手の込んだラッピングのどちらかというと本命じゃないのかと思われるものばかりだったような。
 ああ、何よりまた工藤宛のものを仕分けしないとだよな。
 工藤から連絡が入ったのは、マルネコ屋の弁当を買って来て、みんなで賑やかにランチをしていた時だった。
「あ、お疲れ様です。……え」
 この後はスケジュールを変更したので、高輪の方へ行って休む、ということだった。
「あの、病院行った方がいいんじゃないですか?」
「加賀を呼んだ。あとは頼む」
 良太の返事も待たずにすぐに携帯は切れた。
 今度は携帯を持ったまま、良太はふう、とため息をついた。
 加賀は良太が思い出したヤバい医者だが、腕は確かなようだからいいとしても。
 そりゃ、こっちに戻るより、向こうの方がゆっくりできるんだろうさ。
 時々、泣きたくなるのはこんな時だ。
 そりゃ、俺がいたって何ができるわけでもないし。
 何より、どうせ俺には関係ないし、俺は別に工藤のたかが部下だし。
 フン、明日誰と行くつもりか知らないけど、ピアノのコンサート、どうせ寝込んでて行けないんじゃねーの?
 ちぇ、もう知るもんか。

 


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