二時からスポーツ情報番組パワスポのミーティングがあるため、良太はパソコンを閉じてブリーフケースとコートを手に取った。
秋山とアスカは『今ひとたびの』のロケが夕方からなので、今日はそれまでオフィスで過ごすらしい。
「モリー、じゃあ、秋山さんらと一緒に頼む」
「はい、わかりました」
「俺、パワスポのミーティング終わったら、その足で『コリドー』のロケに向かうし」
「晴海ふ頭でしたっけ」
「そう。そっちはBホテルだっけ。品川」
「はい」
そんな話をしていた時、オフィスのドアが開いたので、良太は振り返った。
「こんにちは」
良太は一瞬、あ、と声に出して入ってきた女性を見つめた。
「佳乃さん、いらっしゃい」
ようやく良太は声を絞り出した。
榎木佳乃は横浜に工藤家があった頃、隣に住んでいた工藤の言わば幼馴染であり、かつて兄の死を乗り越えられずに精神を病んで以来、工藤は何を差し置いても佳乃を優先させてきた。
いかにも守ってやりたくなるような細身のふんわりした雰囲気から、三十八歳という年齢よりかなり若く見える佳乃は、言動が無邪気で、高広さん大好き、と何のてらいもなく口にする。
ああ、ピアノのコンサートってやっぱ佳乃さんか。
良太はある意味納得して、佳乃をソファへ促した。
「すみません、社長、実は今日珍しく熱出して寝込んでるんです」
「え、大変、上の部屋にいらっしゃるの?」
佳乃は心配そうに聞き返した。
「いえ、高輪の方に」
そういえば、この人はそよぐ風にも吹かれそうな様子にもかかわらず、医師なのだ。
「あ、そうなの。大丈夫かしら。お医者様には?」
「加賀さんっていう昔からの知り合いの医者に往診にきてもらうって」
すると、「加賀さん? あら、懐かしいわ。お元気なのかしら」と佳乃は言った。
「ご存じなんですか?」
「ええ、兄の事件の時にお会いしたことがあるの。加賀さんがついててくださるのなら大丈夫ね」
加賀って佳乃にもそういう認識なんだ、と良太は心の中で思う。
「お久しぶりですわね。いつ日本へ?」
鈴木さんが、紅茶とクッキーを佳乃の前のテーブルに置いた。
「ありがとうございます。さっき羽田に着いたの。そうだ、お土産、忘れないうちに」
佳乃は引いていたカートを引き寄せると、中を開いてラッピングしたいくつかの箱を取り出した。
「ほら、ちょうど明日バレンタインデーでしょ? これは鈴木さんに。こっちは良太ちゃん、こっちは高広さん、で、これは平造さんに。それから最近お気に入りのショコラティエのチョコ、すっごく美味しいのよ」
ピンクのリボンがかかった平たい箱を受け取った鈴木さんは、「あらまあ、私にまでありがとうございます」と嬉しそうに笑った。
良太と工藤は同じ大きさの平たい箱だ。
「ありがとうございます」
うっわー、去年はラベルピンだったよな。
何だろう。
お返しが………。
平造への箱は割と大き目で、どうやらみんな同じブランドのものらしい。
ってか、これ、ラルフローレンじゃん。
「あらまあ、素敵!」
あらまあを連発して、鈴木さんは取り出したシルクのスカーフを早速肩にかけてみる。
紺地にゴールドのバラが品の好い鈴木さんによく合っている。
「きれい!」
森村と話していたアスカもやってきて、佳乃に挨拶をした。
「ごめんなさい、皆さんいらっしゃると思わなくて」
佳乃はアスカにプレゼントがないことを恐縮した。
「あたしはこっちのチョコレートをいただきます!」
アスカはフフフと笑う。
「皆さんで召し上がってくださいね」
鈴木さんが箱を開いたので、時間もまだあるしと、良太も箱を開けた。
「え」
鮮やかなブルーにパールホワイトのストライプタイだ。
「やっぱり、良太ちゃん、似合う! 可愛い! 高広さんは色違いでブラックなの。平造さんにはマフラー」
佳乃は無邪気に笑う。
「ありがとうございます。あの、どうします? 高輪、行きます?」
良太はとりあえず聞いてみた。
「ううん。高広さん、働きすぎでしょ。今日くらいゆっくり休ませてあげた方がいいわよね」
「はあ、そう、ですね」
佳乃に言われて、良太は少し自分が恥ずかしくなった。
工藤は休むことが今一番大事なのに。
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