春雷53

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 良太は出かけるついでだからとホテルに向かうという佳乃を送って行った。
「せっかくの日本なのに、明日は学会なのよ」
 助手席に座った佳乃は機嫌が良さそうに見えた。
「そういえば、日本には帰って来られないんですか?」
 ふと良太はそんなことを聞いてみた。
 帰ってくればきっと工藤は今度こそちゃんと佳乃と付き合うのではないか。
 そんなことも思ってしまう。
 千雪さんは追いかけてもあの、京助がいるしな。
 そうなれば俺はお払い箱だけど、佳乃さんなら仕方ないかな。
 途端ぎゅっと胸が痛む。
「だって、家もないし」
「あ、俺もなんですよ。元は川崎に住んでたんですけど、いろいろあって家なくなっちゃって、親は今熱海にいるし、妹は静岡なんです」
 良太は自分のことを軽く説明した。
「そっかあ。思い出の場所がなくなるって寂しいよね。でも、逆に新しい自分の場所ができるって思うようにしたの」
「なるほど」
「それに私には待ってる家族もいないし、やっぱり日本には当分帰ってこないだろうな」
 でも、工藤がいるんじゃ……。
 良太は口にしそうになって、やめた。
 佳乃をホテルに送り届けてから、パワスポのミーティングに向かうのに道が混んでいて何とかギリで間に合った。
 WBCのキャンプまであと数日、今年は三年ぶりの優勝がかかっているからパワスポも特に力が入っている。
 取材の日程や対象選手は決まっているが、天気や選手のコンディションにも左右される。
 市村アナのリポートでは、日本チームの主砲として関西タイガースの沢村、スワローズの本塁打王山本はもとより、今期急成長したレッドスターズの八木沼、投手陣ではノーヒットノーランを達成したマーリンズの人気選手笹尾やクローザーとして地に足がついたジャイアンツの浅田をピックアップする予定でいる。
 沢村はそれこそギリまで東京にいるつもりのようだが、明日は佐々木とコンサートに行くらしい。
 直子はプラグインの浩輔や藤堂らと行くと言っていた。
 河崎は三浦とともに出張だという。
 あの人たちも相変わらずワーカホリックだよな。
 
 工藤、大丈夫かな。
 
 いろいろ考えている時に、唐突に良太の頭に浮かんでくる。
 佳乃さん、案外、心配しないんだな。
 ってか、俺みたくおたおたしないってか。
「良太ちゃん、大丈夫?」
 はっと顔をあげると、宇都宮が良太の顔を覗き込んでいた。
「あっ、お疲れ様です。はい、大丈夫です」
 いっけね、ドラマ、撮影中だった。
 いつのまにロケ現場に来たんだろうというくらい、良太はぼんやりしていた自分を叱咤し、とにかく撮影に集中することにした。
 びゅう、と風がとぐろを巻くように良太の横を通り過ぎ、良太は思わずブルっと身体を震わせた。 

 窓の外はどんより鼠色の空がずっしりと重そうな顔をしている。
 工藤はジャージの上下の上にガウンを羽織り、リビングのソファに座って見るともなく視線を窓の方へ向けていた。
「しっかし、ほんと、生活感のない寒々しい部屋だな。ホテルのがまだマシ」
 診療道具の入ったバッグの蓋を閉め、加賀はあたりを見回した。
「ああ、ほとんどこっちには帰ってないからな」
 声はまだいつもの声に戻っていない。
「インフルは一応陰性。まあ、うまいもん食って寝るだけだな。食欲は?」
「今一つだ」
「まあ、うどんとか? 消化に良さそうなモン出前取れば? あれ、そういえば、あんたの秘書、あの元気なヤツ、どうしたんだよ」
 加賀に言われて、工藤はちょっと逡巡し「仕事があるからな」と答えた。
 インフルエンザだったりして、良太に移したりしてはと、工藤はこっちの部屋に来たのだ。
 それに仕事以外で良太に介護のような真似をさせるのも可哀そうだと思ったわけだが。
 冗談ではなくまるでそのためにドアを作ったみたいじゃないか。
「普段熱出したことのないやつの七度五分は、結構きつくね? しかしあんたが風邪とか、天変地異の前触れじゃねぇのか?」
 加賀が突っ込みを入れてくる。
「一応人間やってるからな、これでも」
 工藤は鼻で嗤う。

 


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