「フン、寄る年波ってやつだろ。若い時みてぇにムリがきかなくなってんじゃね?」
脱げば腕や脚にタトゥがあるだけでなく、背中には怒れる不動明王を背負った医者はニヤッと笑う。
「お前に言われたかない」
「俺はあんたほど年食っちゃない」
加賀は意地のように言い返す。
「たいして変わらないだろうが。日がな飲んだくれてそれこそ肝臓でもやられてるんじゃないのか」
「余計なお世話だ。しかし具合の悪い時に看病に来てくれる女の一人や二人、いねぇのか?」
「それこそ余計なお世話だ」
苦笑しながら加賀は「請求書はまたこっちに送っとく」と言いおいて、部屋を出て行った。
一人になると静まり返った部屋が一層寒々しく感じる。
「……うどん一つ出前ってわけにもいかないだろう」
セキュリティのしっかりした高層マンションなどは、ウーバーイーツなど配達の業者のために、住民とは別のエレベーターがついていたりするらしいが、このマンションにはそれがない。
宅配便には宅配ボックスがあるし、業者にはコンシェルジュが対応し、住民に届けてくれるシステムだ。
ただし、鴻池産業の傘下にある不動産会社が管理しているこのマンションは、ペントハウスの住人向けのバトラー的コンシェルジュが別にいて、普段はもう一人のコンシェルジュと同じ仕事をしているが、要望があれば彼らは住人のために動いてくれる。
ペントハウスは三戸あるが、そのうちの一つに住む欧米人夫婦には住み込みのメイドが一緒に住んでいるので、必要はないようだ。
もう一戸には、鴻池の親戚筋の青年が住んでいるが、ほとんど海外にいるため、このバトラー的コンシェルジュはほとんど工藤付のようなものだ。
ただし工藤もあちこち飛び回っているか、最近は会社の上の部屋にいるため、毎週ハウスキーパーが来るときのみ、鍵のやり取りをまかせる程度だ。
とにかく、出前など頼んだこともない工藤は、樫山というそのコンシェルジュの青年にとりあえず連絡を入れた。
「さようでございますか、それでは私が出前を取り、お届けに参ります」
樫山は、玉子うどんと玉子丼を注文してくれという工藤の依頼に、畏まりましたと答え、やがて三十分ほど経った頃、ドアホンを鳴らした。
「すまないな」
工藤は岡持を受け取り、支払いを済ませてくれていた樫山に一万円札を渡した。
「では二千二百円ですから……」
「つりはいい」
計算をする樫山に工藤は言った。
「多すぎます」
「また何か頼むことがあるかも知れないからな」
工藤がそういうと、樫山は「畏まりました。お大事になさってください。岡持はドアの前に出しておいていただけばまた取りに参りますので」と言うと丁寧にお辞儀をしてドアを閉めた。
以前、ちょうど会社の前で警備員の死角から飛び出して来た暴漢に襲われた時、良太に加賀医院へ連れて行かせたのだが、その暴漢が組関係の下っ端だったらしく、一計を案じた波多野がコンシェルジュとして工藤経由で鴻池に引き合わせたのが樫山だ。
森村と同じ日系人で一見優し気な青年だが武道の達人らしい。
いずれにせよ波多野の息がかかっていることがわかっていなければ、出前はやめておいただろう。
もとより、自分がどう野垂れ死のうとその時はその時だと、そう割り切ってきた。
だがわざわざ消されるようなマネはするつもりはない。
それに、いつぞやの再検査の折、良太に泣かれたことは思いのほか工藤の胸を抉った。
俺ごとき、と自嘲していたはずが、少しは自分の身を大事にするかと、そんなことを考えている自分を、想像したことさえなかったのだが。
「加賀に言われなくても、乃木坂の方が居心地はいいな。コンビニのおでんもすぐ手に入るしな」
工藤は独り言を呟いて、玉子丼を冷蔵庫にしまい、うどんをレンジに入れた。
ロケは日付変更線を少しまたいだところで終了した。
「大丈夫? 良太ちゃん」
野外用の大型ストーブの周りで暖を取っていた良太に、宇都宮が声をかけた。
「お疲れ様です。え、全然、大丈夫ですよ」
「いや、そうは見えないんだけど」
「え…………」
ベンチコートを着てマフラーを巻いている宇都宮は少し小首を傾げるように良太の顔を覗き込んだ。
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