自分まで風邪でダウンするわけにはいかないと良太もコートの上にマフラーをぐるぐる巻きにしている。
「いや、超珍しいことに、ここだけの話うちの社長が風邪引いちゃって」
「あらら、それは心配だね」
「なのに、あの人、意地っ張りで偏屈だから高輪に一人で籠っちゃって」
宇都宮の優しい笑みに、つい、良太は吐露してしまう。
「ハハ、まあ、わからないでもないな。良太ちゃんに心配かけたくないんだよ」
「そんな殊勝なもんですか」
「いや、弱みは見せたくないってとこかな。それに明日に備えて大事を取ってるんじゃないの? ピアノ、行くんでしょ? 工藤さんと」
「は?」
良太は怪訝な顔で宇都宮を見上げた。
「ほら、こないだ、俺がピアノ行けないって言った後、すぐに工藤さん、二枚避けとけって言ってたじゃない」
そんなこと聞いていたんだ、この人、と良太は漠然と思う。
「いや、俺用には確保してるんで、工藤は他の人と行くつもりなんですよ」
「え? そうなの? 工藤さんが言ったの?」
「わざわざ俺に誰ととか言いませんよ。でも多分あの人だろうって」
良太はかろうじてそこまでで口を噤む。
ってか、まるっきり俺が工藤のことをって宇都宮さんがわかってて、相談しているみたいじゃん。
いや、実際、わかってるみたいだ。
情けない自分にため息が出る。
「良太、帰んないの?」
ダウンジャケットだけで今日も元気そうな小笠原がてくてく近づいてきた。
「お疲れ様。帰るよ」
間もなく真中が小笠原を呼びに来て、車で帰って行った。
今夜はロケで、出番もないので、当然美亜はいない。
美亜がいないと、小笠原は出番まで妙に一人静かにしていた。
スタッフは片づけをしているし、俳優陣が帰っていくうち、今日は途中から現れた坂口が宇都宮を飲みに誘っている。
「ほい、良太ちゃん、一緒にどうよ?」
「あ、お疲れ様です。すみません、今夜は………」
そういう気分ではない。
すると坂口が「ちょっとおいで」と良太を手招きする。
良太は飲みは避けたいのになと思いつつ歩み寄った。
「何、工藤のやつ、風邪で寝込んだって?」
「ああ、はい」
宇都宮が話したのだろう、坂口はニヤニヤ笑いながら、「珍しいこともあるもんだ。あいつも人間だったんだな」などと言う。
「鬼の攪乱っちゃこのことだよな」
坂口はハハハと笑う。
「まあ、少しは休めってこったな。良太ちゃんこそ、無理しないようにな」
そう言うと、坂口は宇都宮と一緒にマネージャーの車に乗り込んだ。
ふう、と息を吐くと、クルーたちのバンが引き上げていくのを見送った良太も車のロックを解除する。
坂口もおちゃらかしていたが、それなりに心配してくれたのだろう。
良太は運転席に乗り込むと、青山プロダクションへとハンドルを切った。
朝から宅配業者が入れ代わり立ち代わり、荷物を置いては帰って行った。
デスクに戻ったと思ったら、またすぐ別の宅配業者がやってくるという感じで、おちおち座っていられず、鈴木さんはしばらく預かった荷物を窓際の大テーブルに運んで中身を確かめることにしたらしい。
そんな鈴木さんを横目に見ながら、良太はいくつかの事務所に電話を入れて、『検事六条渉』の出演交渉に勤しんでいた。
脇を固めるというが、その通りいい役者を獲得するのは至難の業だ。
数多のバイプレーヤーの内、人気のある役者は、ワンクールの内にもあちこち顔を出しているし、タッチの差でスケジュールが埋まってしまいました、というパターンも多い。
さらに年配のベテラン俳優への出演依頼は気を遣う。
「はい、ありがとうございます。よろしくおねがいいたします」
思わず電話をしながら頭を下げてしまう自分が笑える。
最後のベテラン俳優に快諾を得て、良太がほっと一息ついた時、オフィスのドアが開いた。
またしても宅配業者かと目をやると、「こんにちは~」と直子が明るい笑顔で入ってきた。
「いらっしゃい」
良太は直子につられて笑顔になった。
「あら、外、小雪がちらついてるのね」
鈴木さんが窓の外を見て言った。
「そうなの! も、すっごく寒かった」
マフラー、帽子、手袋はきれいなオレンジ色で、ダークグレーのコートによく映えている。
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