今夜紺野と会ったからか、局を辞してからの自分が、脳裏を駆け巡った。
特に良太が入社してからの時の流れが己の変遷を見せていた。
初めてひょろっとした良太と出会った時は、良太という存在がこれほど工藤の身に染み入るとは、思いもよらなかった。
恋や愛などという胡散臭いものとはとっくに縁が切れたと思っていた。
良太のこととなると勝手に身体が動くわけで、もはや自分の中では良太を離すつもりはないのだと、もうとっくにわかっていたことなのだが。
それでも、やはり良太の親のことを考えると、躊躇わずにはいられない。
紺野に言われるまでもなく、良太を大事に思っているし、何ものにも代え難い存在であるのは確かだが、いつか良太の妹の亜弓が言った言葉が時として戒めのように舞い戻る。
「お兄ちゃんにはこれから結婚したり奥さんや可愛い子どもと、ささやかでも幸せな家庭を作る権利はあるんです」
工藤はグラスの酒を空けた。
良太の部屋へのドアが開いたのは、堂々巡りのような思いにイラつきながらボトルを傾けた時だ。
「どうした?」
工藤は振り返り、ドアに寄りかかるように立っている良太に声をかけた。
「なんか、雷、鳴って……」
良太はボソリと呟くように言った。
工藤は良太に歩み寄って、「しょうがないな、こっちで寝るか」と良太の後ろ頭に手を当てた。
うん、と頷いた良太は何だか頑是ない子どものようで、工藤はベッドに連れて行って座らせた。
「なんだ、怖い夢でも見たのか?」
工藤は傍らに座り、良太の頭を引き寄せた。
夢が怖かったのではない。
雷の音に目を開けた時、良太は無性に不安になったのだ。
確か、工藤、さっき隣の部屋に行ったよな?
闇の中で稲妻が走ると、良太の中で計り知れない不安が大きくなった。
雷の音に驚いて、固まって眠っていた猫たちが、炬燵の中に逃げ込んだ。
工藤、やっぱり佳乃さんのとことか行ってないよな?
トイレに行って戻ってきた時、何だか居ても立っても居られなくなって、ジャージのズボンを履くと、良太はそっと隣へのドアを開けた。
そこに工藤がいて、良太はホッとすると同時にドアに凭れていないと足元に力が入らないのに気づいた。
「熱いぞ、熱あるんじゃないのか?」
工藤が良太の額に手を置いた。
「なんかふわふわする」
熱あったんだ。
良太はぼんやり思った。
「大丈夫。ポカリ一杯飲んでトイレ行けば、一気に熱下がるし」
工藤は良太をベッドに寝かせて毛布を掛けると、「ポカリだな」と隣の部屋から良太が飲んでいたらしい二リットルのボトルとマグカップを持って来た。
工藤は声を掛けようとしたが、もう良太は寝息を立てて眠っていた。
ベッドサイドのテーブルにボトルとマグカップを置き、工藤はもう一度良太の額に手をやった。
やはり熱い。
工藤は滅多に使わないが、平造がたまにちゃんと整理をしてくれている救急箱を開き、体温計を探した。
普通のデジタル体温計の他に、非接触型体温計を見つけると、工藤はそれを持って良太の額に近づけた。
三十七度八分ほどだ。
高熱まではいかないが、やはり風邪を移したのかも知れない。
もう少し早く高輪に帰ればよかったと思ったところで今更だ。
工藤の方は、加賀に来てもらったことと玉子うどんと玉子丼のお陰で、翌日はさっぱり熱も引き、少し鼻声が残ったが身体が軽くなった。
明日の朝、まだ熱があるようなら、また加賀を呼びつけるか。
時折子どものような表情を見せる良太だが、熱を出して眠っている顔はまるで幼児だ。
熱を出しても気づかずに遊びに夢中になり、毎年のように風邪を引いて寝込んでいたと、一月に社員の家族を招いた慰労会で、少し話をした良太の母百合子は、良太によく似た面差しで笑っていた。
明日またおかゆでも買ってくるか。
工藤は良太の額の汗を冷たい水で絞ったタオルで拭くと、救急箱に入っていた熱を冷ますシートを張ってやった。
自分でも使ってみたが、熱が下がるかどうかより、ひんやりとして気持ちがよかった。
しばらく良太の顔を見つめていたが、工藤はベッドに入ると良太に寄り添い、毛布を被った。
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