春雷63

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「すみません、せっかく紺野さんと呑んでたのに、俺だけ先に帰ればよかったですね」
 やっと捕まったタクシーの中で、良太は言った。
「何を今さら殊勝そうなことを言ってるんだ」
 工藤は笑って良太の頭を掻き回した。
 タクシーを降りると、また小雪がちらついていた。
 工藤は警備員に挨拶するとエレベーターに良太を乗せて部屋に向った。
「猫にはエサやっとくから、お前はもう寝ろ」
 良太と一緒に部屋に入った工藤はすぐにエアコンを入れ、コートを脱いでポールハンガーに引っ掛けると、良太のコートやスーツも脱がせてハンガーに掛けた。
「あの…、大丈夫だし、俺。あんたこそ、風邪ぶり返さないようにしないと」
「俺の風邪が移ったんじゃないのか。いいから寝ろ」
 工藤がドライフードを新しい容器に入れて、ちょこなんと座って待っている二匹の前に置いたりするのを見ながら、良太はネクタイを取り、シャツや靴下を脱いでベッドに入った。
 自動給水器をセットしてあるので水はそのままでいいが、トイレをきれいにしてやりたい。
 そうは思ったものの、確かにちょっと寒気がして動くのが億劫なのは、やはり風邪の引き始めかも知れない。
「何か飲むか?」
「あ、じゃあ、ポカリ」
 工藤は冷蔵庫からポカリスエットのボトルを取り出し、グラスと一緒に枕もとのサイドテーブルに置いた。
「他にはいいか?」
「……うん」
 ポカリをグラス半分ほど飲むと、良太はまた毛布に潜り込む。
 工藤は良太の頭を優しく撫でた。
 何だよ、妙に優しいじゃん……。
 そんなことを思いながら目を閉じると、すぐに睡魔が襲って来て良太はあっという間に深い眠りに落ちた。
 工藤はしばらくベッドに座ったまま良太の寝顔を見ていたが、やがて立ち上がると自分のコートを掴んで隣へのドアを開けた。
 すぐにリビングのテーブルの上に置かれたプレゼントの山に気づき、工藤は眉を寄せた。
「ったく、プレゼントごっこはもういい加減にしろ」
 そうは言っても、取引先からの贈答品を突き返すわけにもいかないだろう。
「次は、一切合切みんなで分けろって言っておくぞ」
 そう口にしてから、はたと、昨年のバレンタインデーには、良太の母親から手作りのケーキが届いていたことを思い出した。
 仕方なくプレゼントの山から、気を付けておかねばならないものだけを別にして、中を開けた。
 やはり良太の母親からブランデーケーキが届いていた。
 一緒の袋に入っているラム酒のボトルを取り上げた工藤は、おそらく良太からだろうと察して苦笑し、早速飲むことにした。
 あと佳乃からはラッピングを開けるまでもなくネクタイだろう。
 学会だという話だが、今回は泣きついてくることもなかったから、少しは立ち治ったのかとも思う。
 あまり過保護にし過ぎるのもよくないだろうと、工藤はあえて自分からは連絡を取らなかった。
 良太は何か佳乃のことを勘ぐっているようだが、佳乃に限ってはPTSDの後遺症に寄り添ってやっているだけだ。
 たった一人の兄を亡くしてから佳乃には家族もいなくなった。
 幼い頃から知っている佳乃を放っておけなかった。
 アメリカで仕事をしている時だけが、いろいろを忘れられるのだと話す佳乃だが、ふとしたきっかけてフラッシュバックする記憶に苛まれてきた。
 主治医とも話したが、地道な治療と対応しかないのだ。
 佳乃は人と深い関わりを持つことも、いつか兄のように自分の前から消えることを恐れて避けてきた。
 子どもの頃からの付き合いである工藤のみが佳乃にとっての蜘蛛の糸だったのだろう。
 とその時、稲光が走り、雷が鳴った。
 たまたまテレビ局に寄った時、午後のニュースで上空に寒気を伴った低気圧が通過するため大気が不安定になるため、雷などに注意するようにというようなことを天気予報で言っていたのを工藤は思い出した。
 気候変動の影響で、関東あたりでもこんな時期に雷が発生するようになってきた。
 季節が変わるのだろう。
 シャワーを浴びてバスルームから出てきた工藤は、良太がくれたのだろうロンサカパのスピリッツボトルを開けた。
 グラスに注ぐと芳醇な香りがたち、口に含むとふっと肩の力が抜ける。

 


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