「ドラマの撮影ですが、色々あるので長引くことを想定してスケジュールは三日取っていたんですが、珍しく午前中だけでリテイクなしで撮影が終わったので、山之辺さんはすぐに東京に戻られました」
良太は端的に仕事の進行について報告した。
「ほう、よかったじゃないか。志村も戻ったのか?」
「いえ、志村さんはせっかくのオフだからって、小杉さんと一緒に温泉に行きました。井上先生はスキー、川西監督は温泉へとっとと向かいました。ってことで、ご報告まで……」
良太は工藤の機嫌をこれ以上損ねる前に、この辺で電話を切ろうとした。
「お前も東京に戻ったのか?」
「えっと、俺は、鈴木さんからオルゴールとか色々頼まれてて、明日……」
「小樽か?」
「いえ、今は札幌に……」
一瞬、間があった。
こりゃまた地雷を踏んだかな、と怒鳴られるのを覚悟した良太の耳に、意外に穏やかな言葉が届く。
「部屋は取ったのか?」
「え、ええ、駅近くのビジネスに」
「飯は?」
「これからですけど」
「タクシーですぐ来い。『オホーツク』って言えばわかる」
「え、でもこれから坂口先生と打ち合わせじゃ……」
「ああ、今からだ。着いたら携帯鳴らせ」
例によって携帯はブチッと切れた。
「え………、また気難しい先生と同席かよ…………」
良太は携帯を握りしめたまま、もっと遅くに電話をすればよかったと後悔したがもう遅い。
だがそれより、良太が札幌にいると知っても怒鳴りもせず、良太を呼んでくれたことが何だか嬉しい。
って、逢いたいから札幌にきました、なんて言えないけどさ………。
ふう、と溜息を一つこぼし、良太はカフェを出た。
すぐ来い、と言われたらホテルに土産を置いて来たりしないですぐ行くしかないだろう。
カフェを出た良太は、ちょうどやってきたタクシーの空車を停めた。
『オホーツク』は工藤の言ったとおり、運転手にはすぐわかったようだ。
店構えは和食の店とはわかるものの飾り気のない造りで、ドアを開くまではその奥にちょっと粋な小料理屋が隠されているとは気づかない。
「値段はそこそこだけど、知る人ぞ知るいい店みたいですよ。結構有名人とか使うらしいし」
運転手も話していた。
「お連れ様がいらっしゃいました」
う……お連れ様って………
仲居に案内された良太は、部屋の前で深呼吸する。
襖が開いて部屋に入ると、良太は正座をした。
「はじめてお目にかかります。工藤の秘書の広瀬と申します」
「ああ、堅苦しい挨拶はいいから、こっちこっち」
頭を下げた良太に、気さくに声をかけたのは坂口である。
顔を上げると、その坂口の横にいる男と目が合った。
うわ、宇都宮俊治。
工藤とは確か同年輩だったはずだが、若い頃坂口脚本のドラマ『陽だまりの家』でブレイクし、端正な容姿で未だにアイドル並みの人気があるが、年齢とともに演技にも磨きがかかり、映画やテレビの仕事だけでなく、若い頃から精力的に演劇活動を続けている今や大物俳優だ。
常日頃テレビのCMで宇都宮にお目にかからない日はないだろう。
「失礼します」
「まず一杯だ」
工藤の横に良太が座るか座らないかに、あくの強い顔の坂口がにこやかにビールを差し出した。
「あ、ありがとうございます」
隣に座る工藤をちらりと見やるが、いつもと同じ、眉間に皺をよせている表情からは何を考えているかわからない。
back next top Novels
にほんブログ村
いつもありがとうございます