笑顔をください1

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 春爛漫。
 校庭の桜は今年も雅やかに花を咲かせ、やがてゆっくり終息へと向かっていた―――。
  

 
  ACT 1
  
「やっぱここにいたな、志央」
 もうすぐ予鈴が鳴るという頃になって、長谷川幸也は生徒会室のドアを開けた。
 しまった、という顔で城島志央は振り返る。
「ホームルームのあとすぐ対面式だから、準備をしてただけだ」
「とか何とか、俺を避けてたくせに。…っと、こいつは没収!」
 幸也は志央のポケットからするりと携帯を抜き取った。
「ちょっと待てよ、もらったばっかなんだぞ? その携帯」
 志央は慌てて抗議する。
「だーめ、俺が勝ったんだから」
 志央と幸也は、この陵雲学園高校においては優秀で有能な生徒会長と副会長として、全校生徒の信頼を集めている。
 だが、学園を離れるや制服を脱ぎ捨てて夜の街に繰り出し、互いに誰かターゲットを決めて落とせるか否かを賭け、勝った方が負けた方に一つ命令する、というのが二人の暇つぶしゲームだ。
 目下のところ三勝三敗の五分。
 この春休み、幸也はモデルの女の子を見事に射止め、志央は美人の人妻に迫り、ホテルに行く直前でやんわり拒否された。
 志央が勝てば幸也が持っている人気のゲームソフト『バトルX』の最新版が手に入る予定だった。
 拒否された代わりにその人妻からプレゼントされた携帯は志央も結構気に入っていたのに。
「アプリもいろいろ入れたし、最新型なんだぞ。それにもう、データとかも入ってるし」
 志央は取り返そうと手を伸ばすが、幸也はそれをサッとかわす。
「観念するんだな。生徒会長ともあろうものが情けないセリフを吐くんじゃない」
「るさいな、生徒会長なんて、理事長の孫だからって仕方なくやってるだけだろ!」
 幼稚園児の頃からのつき合いでほんの近しい連中をのぞいては、一見品行方正な生徒会長が、副会長の幸也ともども実は裏では不埒な遊び人だなどとは知らないはずだ。
「声がでかいぞ。クールな美貌が売りの生徒会長は全校生徒のマドンナなんだから、その期待を裏切るなよ」
「なーにが、マドンナだ、くだらない。早くしないと間に合わないぞ、ホームルーム」
 薄茶のサラリとした長い髪を後ろでゆるく結わえながら、とりあえず携帯については保留にして、志央はドアを開けた。
 同時に、予鈴が鳴り始めた。
 
 

 私鉄の駅を降り、バスで五分ほど、歩いて二十分ほどで坂道を上がりきると、ようやく校門が見えてくる。
 小高い丘の上に建つ私立陵雲学園高校は今年創立一〇〇周年を迎える、この近辺では老舗の進学校である。
 幼稚園から医学理工関係学部を置く大学部までを併設する陵雲学園にあって、県の保存建築物にも指定されている時計台のあるレンガ造りの高等部本校舎は、広い敷地内の中心で未だに古めかしい威厳を保っている。
「では、皆さん、高校生としての自覚を踏まえ、有意義な学園生活を心がけてください」
 マイクを通して凛とした声が響き渡る。
 二、三年生と前日に入学式を済ませたばかりの新一年生の対面式で、生徒会役員の紹介に続き、生徒会長城島志央が挨拶を終えた。
 その白い肌に美女とも見まごう顔立ちを縁なしのメガネが誇示している。
 学生服に包まれたしなやかな長身といい、ため息もので魅了されるのは実は女生徒ばかりではない。

 


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