笑顔をください23

back  next  top  Novels


「なに?」
 志央は何の気なく聞き返した。
「賭けはもうやめにしないか? お互い不毛なことやってると思わないか? 勝敗は関係なくご破算、それでいいだろ?」
 思った通り幸也は既に音を上げていたらしいと、志央はクスクス笑う。
「さすがの幸也も、堺相手じゃ暗礁に乗り上げたか。俺も実は同じこと言おうと思ってたんだ」
「お前も、もう、あのタコ坊主に取り入る必要なんかないさ。だろ?」
 幸也の言葉に志央は躊躇する。
「あ、ああ、もう、賭けは止める。だけど、七海は…」
「七海……ね。ミイラ取りがミイラになんてんじゃないだろ?」
 図星をつかれて志央はうろたえる。
 常日頃生徒の前ではクールさを装ってはいるものの、元来自分を取り繕うことなど志央は得意ではないのだ。
「え……な…んだよ、それ……」
「おまえ、まさか……」
 志央の反応に幸也は志央の手首をグイと掴んだ。
「寝たのか? やつと」
 幸也はそのまま志央を壁に押し付け、力任せにもう一方の手で志央の顎を掴む。
「バ……カ言うなよ! おい、幸也」
「あの、タコ野郎にやらせたのかって聞いてんだよ!」
「ちょ……痛いって、離せよ! どうしたんだよ! 幸也っ!」
 興奮している幸也は聞く耳を持たず、いきなり唇を重ねようとする。
 驚いた志央は今までとは別人のような幸也に危機感を覚え、逃れようとするが、幸也は許さない。
 子供の頃のおふざけとは違う。
 息を荒げた幸也の明らかに欲望を持った目が志央を襲う。
「女やガキ相手なら、俺も許してたさ」
 幸也は幾度も志央の唇から頬からキスを繰り返す。
「ヤローになんかお前が本気になるなんて思ってなかったし、ましてやあんなタコ野郎にやらせるはずがないと高をくくってたのが、俺の誤算だったよ……冗談じゃない。あいつに抱かれたんなら……俺に抱かれたっていいよな」
 キスだけでなく、ズボンの上に置かれた幸也の手に気づくと、志央は体を硬直させる。
「ちょ、何やってんだ! ……幸也……! やめろって…!」
 志央はありったけの声で叫ぶ。
 バン! と音を立ててドアが開いた。
「志央さん!」
 そんな調子よく現れるなどと志央は思っていなかった。
 走りこんできたのは七海、そしてその後ろから勝浩が顔を見せる。
「こんの…ヤロー!」
 かあっとなって七海は幸也に掴みかかり、志央から引き剥がすと、幸也に殴りつける。
 咄嗟にその拳をよけた幸也は、ふふんと笑う。
「俺を殴るのはお門違いだぜ。志央に騙されたのはお前の方だ」
 幸也の口から出た言葉が瞬時に志央を凍りつかせる。
「志央と俺がよくやる遊びだ。どっちが早く落とすかってな。こいつの外面に、まんまと引っかかりやがって」
 幸也は笑いながら続けた。
「こいつの甘言にほいほい尻尾振ってついてくるお前を見て、ほくそえんでたんだぜ? 志央がてめーみてぇなヤローにウツツを抜かすはずがねぇんだよ、タコ!」
 志央は七海を見た。
 だが、出てくる言葉はない。
「それで長谷川さんのターゲットは俺だったわけですね? どうりで最近、やたら親切ごかしな態度をとっていたわけだ」
 追い討ちをかけるように勝浩が嘲るような言葉を放つ。
「……ほんと…なんですか? 志央さん」
 低く、唸るように七海は口を開く。
 険しい眼差しが、志央を、心臓を射抜くように向けられる。
 その眼差しはもうどんな言い訳も許さないと言っている。


back  next  top  Novels