確かに市川と仲はいい。
だがそれはあくまでも互いに仕事上でのことだ。
「第一、このいかにもどっか怪しいとこみたいに撮りやがって、これ、NTVの玄関横なんだぞ! パワスポのみんなとメシ食って、俺がたまたま彼女を乗っけてっただけで! 周りにみんないるし」
拳を握り締めて声を上げる良太を「だからうるさいって、良太」と一瞥し、アスカは続ける。
「会う人会う人にそうやって説明して歩いたら? ヒマあればね」
「うう……そだ……彼女も今すんげく困ってるよな、こんなの撮られて…、どうしよ……」
アスカのからかいも耳に入らず、良太はただ思いあぐねる。
「市川がその程度のことで良太みたいにおたおたするもんですか。なかなかしたたかよ。新人にまだ毛がはえた程度なのに」
「まあ、この先楽しみだね。頭の回転が速いし、バイリンガルで博学だ。その上明るくて可愛いとくれば、うなぎのぼりの人気も必然かな。写真雑誌のターゲットになるのもいわば勲章みたいなもんだろう」
スケジュールの詰まった手帳をブリーフケースにしまうと、自らも明晰そうな双眸をすがめ、この会社きってのクールガイである秋山は、そろそろでかけるよ、とアスカを促した。
青山プロダクションは俳優陣を含め、総勢十数名ほどの小さな会社であるが、社長の工藤高広を筆頭に仕事は常に飽和状態、万年人手不足の環境にあっては、誰もが肩書きのみの仕事をしていればいいというわけにはいかない。
社長の運転手からプロデューサー、時折役者なんかもやってみた良太にせよ、タレントもマネージャーもない、企画からプロデュースから一つのプロジェクトを一通りこなせないと、この会社ではやっていけないという状況になりつつある。
万年人手不足の理由としては、某有名暴力団組長の甥であるという工藤の出自が大いに関係しているのだが、何かよほどの事情がない限り、その事実を聞かされると面接に訪れた連中は大抵きびすを返してしまうのだ。
毎年母校の大学にも初任給としては破格の給料をかかげて募集をかけていたのだが、実際に入社したのは良太一人。
工藤もここ最近は募集すらする気になれないらしい。
保証人倒れした親の借金を背負っているとか、DV夫から逃れるためとか、会社の同僚に裏切られてエリート商社マンの地位を捨てたとか、身内がもとヤクザと結婚したために警察組織からはじき出されたとか、まあ、それぞれワケあり故に、この会社にいるという社員がほとんどだ。
中には、単に工藤がプロデュースした映画の原作者が好きというだけで入ったという怖いもの知らずの人気俳優もいたりするのだが。
「もう、良太、しゃきっとしなさい、しゃきっと!」
ビシッと言い残し、淡いベージュのコートを翻しながらアスカが秋山とともにオフィスを出ると、間もなく入れ替わるように長身のトレンチコートの男が入ってきた。
工藤がプロデュースしたアスカ主演のドラマ『遠い灯』は撮影が始まって以降、本来工藤が動くところを事実上アスカのマネージャーという肩書きの秋山の手に委ねられ、工藤本人は別のドラマのロケで海外を飛び回っている。
良太にしてもそうだ。
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