良太がついぼそりとそんなことを口にすると、すっかり出来上がった下柳が笑った。
「そりゃ、良太ちゃんがかわいいから、ついからかいたくなるんだろ」
「何ゆってんですか、こっちは真剣に…」
いずれにしても、スタッフの中で有吉とうまくやっていけるかどうか、ちょっと自信のない良太だった。
久しぶりに飲んでわいわい騒いで、ちょっとばかり気分がよくなったまま、会社であり、自分の部屋のある乃木坂の自社ビル前でタクシーを降りた。
「うっわ、寒っ!」
酒のせいでからだが温まった気がしてコートを脱いでいたが、思わずそれをぎゅっと抱きしめる。
警備員に挨拶して、エレベータに乗り込もうとした良太は、表通りでまた車が停まったらしい音に振り返り、柱から通りを覗いた。
ちょうど工藤がタクシーで帰ってきたところだった。
今夜は気分がいいから、雷オヤジに声をかけよう、なんて良太が思った時だ。
「工藤さん」
工藤の背後から歩いてきた男が声をかけた。
しばし工藤はオフィスにも入らず、その男と何か話していたが、すぐに二人でどこかに歩いていった。
「誰だ? あの男……」
良太は首を傾げるが、その顔に見覚えはない。
良太は胸騒ぎがした。
その二日後、またぞろビル風が舞う朝のことだ。
オフィスに唐突に山之辺芽久が現れたのだ。
「ねえ、高広はどこ?」
相変わらず図々しくかつ我が物顔の芽久の振る舞いに良太は面白くなかったが、そこは良太も抑えて、出かけていていないことを告げる。
「じゃあ、待ってる」
「いつになるかわかりませんよ」
一応言ってみるが、芽久は意に介さない。
今日、工藤はオフィスに顔を出すとは言っていたが。
だが、良太は芽久のようすがどうやらいつもの単なるわがままではない、何かしら怯えたような表情をしているのに気づいた。
「中井さんは?」
芽久の若いマネージャーの名前を出したが、「知らないわ」とこうだ。
知らないのではなく、芽久が勝手にうろついているのではないかと察しがつく。
「何かあったんですか?」
「高広はまだ?!」
良太の質問などまったく無視で、芽久はそう繰り返すだけだ。
鈴木さんが用意した暖かいミルクティーに口もつけず、芽久は爪を噛む。
興奮したり心配ごとがあったりするたびにそういう癖が出ることを、ロケの間に良太も気づいていた。
一時間も経ったろうか、工藤が現れるなり、芽久が「高広!」と駆け寄って抱きついた。
「なんか前にもこんなシーンなかったか、別バージョンで」
良太は思わずぶつぶつ呟く。
「賢次郎が…!」
芽久の口にした言葉に、工藤は険しい表情を見せ、「送ってくる」と芽久を抱きかかえるようにしてオフィスを後にした。
良太にはそんな二人を、穏やかならない面持ちで、ふん、何だよ、と見送るしかできなかった。
漠然とした胸騒ぎが翌日、はっきりとした不安に取って代わった。
社長室にいる工藤に用があって良太がエレベータを降りると、工藤が社長室のドアを開けながら誰かと携帯で話しているのが見えた。
「いい加減にしろ! 十分渡したはずだ!」
工藤は良太に気づかず声を荒げている。
とっさに良太はドアに耳をつけたが、後は聞き取れなかった。
back next top Novels
にほんブログ村
いつもありがとうございます
