もう少し若ければ、沢村の遠征先にもついて行ったかも知れないが。
残念ながら、この恋に何もかもを投げ打つような覚悟は、佐々木にはない。
いずれ沢村は目が覚めるだろう恋なのだ。
沢村に禁欲生活のような真似を強いる権利もないから、もし、ここに沢村の女がいたとしても、しかたのないことなのだ。
佐々木は心の中で自分に言い聞かせた。
「あーあ、オールスターなんかうっちゃって、佐々木さんと一緒に東京帰りたいな」
二人とも食事が終わった頃、コーヒーが運ばれたあとで、ぽつりと沢村が言った。
「アホか」
佐々木はこんなところで、なんて科白を吐くんだと睨み付ける。
その時、テーブルの下で、沢村の足が自分の足にあたったようなので、佐々木が引こうとすると、沢村の足がさらに引っかかる。
わざとやっているのだと知ると、「あほ、やめや」と佐々木は小声で言った。
「やだ」
また駄々っ子のような顔で沢村はしれっと言う。
意図を持って触れてくる沢村に、未だ身体の奥の方でくすぶり続けているものが頭をもたげそうになり、佐々木は頬が熱くなってしまう。
こいつ、わざとやってんな!
佐々木はコーヒーを飲み干すと、「荷物取ってくる」と立ち上がった。
「俺も行く」
沢村はすかさず立ち上がり、佐々木についてダイニングを出た。
「夕方からどこ行くんだっけ?」
エレベーターを待つうち、沢村が尋ねた。
「那須。明日早朝にCMの撮影やから」
エレベーターが来ると二人とも乗り込んだ。
「佐々木さん、車で行くのか?」
心配気な声で沢村が聞いた。
「いや、ロケバスに乗せてもらうことになってるし」
「那須に行きたいな。オールスターなんかより」
「またお前はそないなことを」
「せっかくトップ走ってんのに、休養ならまだしもお祭りとか、俺はパスりたい」
「しゃあないな、人気選手の性や」
「俺は佐々木さんに人気なだけでいいよ」
佐々木は笑った。
「ま、頑張りや……」
back next top Novels
にほんブログ村
いつもありがとうございます