花びらの囁き1

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「ヨーロッパに旅行? いつ? 誰と?」
 声がひっくり返りそうになるのを、藤堂はすんでのところで堪えた。
「高津と。今度の月曜日から次の週の火曜、って二十二日? パリからローマ経由してフィレンツェ回るんだ」
 夜の十時。
 三月に入ったばかりの金曜日である。
 昼のうちに買って会社の冷蔵庫に保管していた最近話題のパティシェリー『グルノーブル』のケーキを手に久しぶりに早く帰宅して、ゆっくり悠の顔を見ながらお茶でも飲もうと計画していた藤堂を軽い衝撃が襲っていた。
 コンビニのアルバイトから帰ってきたばかりの悠の方はさらっと答えると、冷蔵庫から出したハーフボトルのポカリを一気に飲み干した。
「今度の月曜日? 三日しかないじゃないか。それに卒業式はどうするんだ?」
「だから、二十二日に戻ってくるから二十三日には間に合うだろ」
「エアは? どういうツアー?」
「ツアーなんかじゃねくて、俺ら二人で行くんだよ」
「ツアーじゃない!? ホテルはちゃんと取ってあるのか? 何ならすぐ手配するよ?」
 アイちゃん用のおやつも一緒にテーブルにケーキを並べ、お茶を用意しながら藤堂は増々心配そうな顔になる。
「取ってるみたいだぜ」
 悠は他人事のように言った。
「みたいだぜって、おい」
 藤堂はますます慌てふためく。
「別のダチが行く予定だったんだけど、そいつスノボで腰の骨折ってさ、行けなくなっちまって、ほんとはもうちっと金たまってから行こうと思ってたんだけどよ、三分の二でいいからって言うから、俺が行くことにしたんだ。パリは留学してる先輩んちに泊まることになってるし」
 アイちゃんがおやつのクッキーをもらっている横で、ケーキをほおばりながら、悠は言った。
「そうか、先輩がいるんなら、大丈夫か」
 とりあえず一つは安心要素にはなるかもしれない。
「大丈夫かって、ガキじゃあるまいし、大丈夫もクソもあるかよ。先輩もバイトしてるから、俺らになんかかまってられねーよ。俺らだけで回るんだよ」
 かぶりと紅茶を飲み、声を大にして悠は主張する。
「エコノミー?」
「俺をおちょくってんのか!? あんたらみてーに、日帰りでヨーロッパくんだりまでお使いにいくようなご身分じゃねーんだよっ!」
 悠は声を荒げた。
「さやかと一緒にしないでくれ。しかし初めてなんだろ? ヨーロッパ行くのなんて」
 喚き散らす悠をまあまあ、となだめて改めて聞いた。
 確かに罰ゲームだかなんだかで、知人にヨーロッパへ買い物に行かせるという、アホなことをやらせた人間を藤堂は知っている。
 元の会社から腐れ縁のさやかだ。
「ヨーロッパもクソもあるか、日本ってか本州から出たことなんかねぇし」
「本州……………」
 藤堂は絶句した。
 これはやはり、あちこちいろいろ連れて行ってやらねば、と藤堂は思う。
「そうだ、パスポートは?」
「今日、やっともらってきた。ったく、面倒っちーんだからよ。おかげで金、すっからかん」
 悪びれもせず、悠は言った。

 


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