花の宴4

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 昨年末の、良太が沢村の会社に引き抜かれる云々のすったもんだは、会社関係者みんなが知るところだ。
「まあ、いいじゃない、もう済んだことだし、良太の友達なんだから」
 秋山は笑う。
 その時、ドアが開いた。
 もう来たのか、と良太が振り返ると下柳がよう、と手を挙げた。
「何だ、お前らまで」
 工藤は益々眉間の皺を深める。
「何だとは何よぉ、こんな楽しいこと、自分だけでやろうなんて。あら、良太ちゃん、久しぶりぃ」
 妖艶な笑顔で下柳の後ろから現れたのは、一癖も二癖もありすぎな大女優だ。
「ひとみさん……どうも……」
 何つうメンツだ、と良太が心の中でため息をついたのがわかったかのように、山内ひとみのマネージャーの須永が、「すみません、押しかけちゃって」と申し訳なさそうに頭を下げる。
「昼にたまたま事務所寄ったら、今夜花見やるってからなぁ」
 下柳が嬉しそうに鈴木さんから日本酒を注いでもらう。
「きれいじゃないか、うん、さすが、平さんの桜だ、見事なもんだ」
「やーね、ヤギちゃん、ジジムサイ~」
 歯に衣着せぬもの言いでひとみが笑う。
「あ、差し入れね、コルトン・シャルルマーニュとシャンベルタン、それから赤のスプマンテ、美味しいのよ」
「わ、ありがとー、ひとみさん、さっそく開けよ」
「何もこんな猫の額みたいなとこにこなくても、桜見たけりゃ上野でも千鳥ヶ淵でも行けよ」
 アスカが喜んでボトルを受け取るのを横目に、工藤がボソッと口にする。
「相変わらず不景気な顔してるわね、高広。桜は楽しく見るのがいいのよ」
「飲む、の間違いだろ」
「当たり前でしょ、飲むんだって、楽しい方がいいに決まってるじゃない。それより、珍しいじゃない、桜、好きじゃないんじゃなかった?」
 微妙な言い回しで、ひとみが言った。
 ストレートの黒髪が肩に流れ、胸元の大きくあいた黒のドレスに長いストールをさりげなく羽織っている。
「余計なお世話だ、お前ら仕事はいいのか、仕事は」
「ヤギちゃんにお花見やるってきいたから、早めに切り上げてもらったのよ」
 簡単そうに言うひとみに、工藤は周囲のスタッフの苦労が目に浮かぶ。
「工藤さん、桜、嫌いなんですか? こんなきれいなのに」
 何気なく聞こえた台詞が気になって、傍に立っていた良太が口を挟む。
「そうよねー、聞いてあげて、高広ってば、センチメンタルな昔話が趣味なのよ」
 工藤が何か言いかけた時、「じゃ、工藤さん、私そろそろ失礼します」と奈々がぺこりと会釈する。
「送ってきます」
 奈々の後ろにいた谷川が奈々を伴って開いたままの玄関フロアへのドアをくぐる。
「谷川ちゃん、ちゃんと、戻っておいでよ、谷川ちゃんの分、とっておくからぁ」
 谷川の背中にアスカが声をかける。
「元デカさんも、アスカにかかっちゃかたなしだな」
 俊一がグラスを玩びながら呟いた。

 


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