そんなお前が好きだった13

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 井原と同じクラスで、琴美よりもっと線の細い感じの少女だったが、井原のことが好きだと、そんな目をしていた。
 気が付いたのは、響が同じ目で井原を見ていたからだろう。
 少女のことを思い出した途端、当時のキリキリと胸をひっかくような感情までが呼び起こされる。
 ただそんな痛みさえも今となっては愛おしい、あのひと時にしか存在しえない何ら混じりけのない感情なのだ。
 できるならあの時のままずっとお前といたかった。
 だが時は否応なく流れるし、思いだけを残して響は一足先にここから去らなくてはならなかった。
 約束できなかったのは、自分が去った後、彼らがどんな時を過ごすのか響には知りようがなかったからだ。
 井原はあれからどんな時を生きたのか、少女の思いは、少女はどう生きたのか。
 大学の寮に入ってひたすら音楽だけにのめり込んだのも、この街の一切合切と縁を切りたかったからだ。
 携帯も持たず、外の世界を遮断して、二年が過ぎた頃、唯一の通信手段だった井原からの手紙も響が返事を書くこともなかったからやがて途絶えた。
 最後の手紙にはあの日の約束は有効です、とあった。
 もしかしたら、古い映画のように、約束の日、あの樹の下に駆け付けたらお前がいたのかも知れない。
 けれど現実はそんなうまい具合にいくものではない。
 四年の冬には既にウイーンへの留学が決まっていて、師事するリヒノフスキーからすぐ来るようにと呼び出されたため、卒業式を待たずに渡欧した。
 それから怒涛のようなレッスンの日々に感情さえ埋没し、時間はあっという間に過ぎ去った。
 そして今、東京からヨーロッパを巡り巡って、何故かここにいる自分が響はおかしかった。
「思い出し笑いなんかして、キョーちゃん、やーらしー!」
 せっかくノスタルジックな思いに浸っていたところを邪魔してくれたのは寛斗だ。
「何がヤラシーもんか、お前じゃあるまいし」
「健全な高校二年生男子がヤラシクなくてどーすんの」
 どこから持ってきたのか、寛斗はブルーシートを抱えていた。
「ブルーシートで大丈夫なのか? 施錠できないぞ」
「西川先生から結局脇田さんに話が行って、今日のうちに業者さん来てくれるって」
「そりゃよかった」
 寛斗はブルーシートの端にロープを通してカーテンレールに結び付けた。
「脚立なしで軽くやれるところが、こ憎たらしい」
 腕組みをして眺めていた響の大きな呟きに、ハッハーとすぐ寛斗が反応する。
「もう伸びねーよな? その年じゃ。キョーちゃん、一七五くらい? 俺、一八七」
「うっさいよ、一七八だ。すくすく成長しやがって、このやろ」
「可愛いからいいじゃん。ちょうど良さげ」
 響の頭に伸ばした寛斗の手を、響がパシッと跳ねのける。
「ってー、だから暴力教師! 反対!」
「年長者への敬意が足りなさすぎだ!」
 見上げなくてはならないから怒っても何やら威厳がそがれる気がする。
「第一、そのへらっとした態度を何とかしろ」
 響は見上げながら文句を言った。
「っていわれてもなー」
「まあいい。もう帰ってもいいぞ。業者さん来るの俺が待ってるから」
 そろそろ五時になる。
 響はピアノ五重奏のスコアを手に、ピアノの前の椅子に座った。
「業者くるまで、何か弾いてよ、キョーちゃん」
 ピアノに頬杖をついて笑う寛斗に、響はどきりとする。

 


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