「ほんとカッコいい! 井原さん、エリートビジネスマンみたいな雰囲気」
客を見送った紀子が向き直り、憧れの眼差しで井原を見上げた。
「大学でお星さまだけみてたわけじゃなくて、いろんな企業のプロジェクトにも関わったりしてたから、下手するとそれこそ身だしなみでなめられるんだ」
そうだよな、やっぱ、俺みたいな人生の大半をドサ回りで過ごしてきた浮き草稼業とは違うわ。
心の中でこっそり響はため息をつく。
「ほお? 向こうでそんなバリバリやってたのに、何だってこんな田舎町に戻って教員だよ」
香しい香りを漂わせるコーヒーを、元気は響の隣に陣取った井原の前に置いた。
「この年になると、やっぱ親のこともな。姉貴が結婚して北海道行っちまったし、オヤジがちょっと入院したりでさ」
「え、どうなんだよ、オヤジさん」
近年父親を亡くした元気には、気になる話題だ。
「いやもう、退院したし。帰ってみれば元気なもんで、騙されたって感じ」
「フン、もう遅いわ、全校生徒の前でタンカきってきたんだろ?」
「タンカ切るかよ!」
同級生の元気と井原は、今も変わらず気の置けない仲間なのだろう。
響は井原の横で何やら浮足立って、とっととこの場を離れたかった。
ただ、井原がいきなり隣に座るから、店を出るタイミングを逃してしまったのだ。
「響さん、珈琲お代わりいかがです?」
元気に聞かれて、「ああ、もう俺は……」帰ろう、と言おうとした響を遮るように、「そうだ、あれ、ハーブティ、めっちゃうまいんですよ」とまた唐突に井原が響の顔を覗き込む。
「ああ、響さん、なんかお疲れのようだから、俺の自慢のカモミールティ、飲んでみてくださいよ」
「え………」
井原と元気に畳みかけるように勧められていらないとも言えず、また流されているのを感じながらも、響はやはりどうも落ち着かない。
そうだよ、こいつのお陰でもう十年分の疲れがどっと出ちまったじゃないか。
「それで? 親のことも考えて戻ってきたってからには、もしかアメリカ人女子連れてきたとか?」
響としてはあまり聞きたくもない、だがやはり避けては通れない話題を元気は井原にふった。
「残念ながら、んなもんいねえよ。俺は親のためにとかで決めるつもりはないし」
ムッとしたように井原は言った。
「ほお?? 向こうに残してきたってか? 彼女の一人や二人いたんだろ?」
「お前には負けるけどな。大学ン時のお前の携帯、どんだけ女の名前が並んでたよ?」
だよな。
いないわけないだろ。
今更、俺、何を期待してんだか。
響は自分を嗤う。
そうか、大学時代も二人は付き合いがあったんだな。
「響さんも笑ってるぞ。お前の無節操さを」
井原は響が笑ったのを曲解して元気にあてこすった。
「俺はこっちに戻ってきてからすっぱり足洗ったから」
すまして言う元気に「ほんとかよ」と井原は疑惑の目を向ける。
「まあ一応、今は一人に絞ってるみたいですよ?」
紀子が口を挟んだ。
「へえ? 何だそうなのか? 紹介しろよな」
「まあ、ぼちぼちな」
元気は何食わぬ顔でカモミールティを響に差し出した。
「響さんも知ってる? 元気の相手」
カップから立ち上る少し甘いようなまろやかな香りに気を取られていた響を、井原がまた急に振り返った。
「え、ああ、まあ」
響は曖昧に答える。
「ふーん、何か悔しいぞ!」
腕組みをして眉を顰める井原を見て元気が笑う。
「響さんも、親のことを考えて戻ってきたくち?」
さり気なく、井原は響に問いかけた。
back next top Novels
にほんブログ村
いつもありがとうございます
