そんなお前が好きだった21

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「いや、俺は、祖父の葬儀を機に一端戻ってきただけで、そしたら田村先生が俺がいるのを嗅ぎ付けて、講師やれとかって。先生、しばらく病気療養中だし、成り行きで引き受けさせられて」
 まったくもって、流される人生だな。
 響は自嘲する。
「お前のとこと違って、俺、父親とは昔から折り合い悪いし」
「ああ……」
 井原はそれ以上聞かなかった。
 あれは高校二年の冬だった。
 母がこっそりご飯を上げていた庭に来る野良猫に、石を投げている祖母を見て、響は咄嗟にその腕を捩じ上げた。
 途端、祖母はバランスを崩して縁側に倒れ込んだ。
 たまたま日曜日だったために家にいて、その様子を見ていた父親が、響を殴り倒した。
 言葉ではきついことを言う父親だが、手を挙げたのはその時が初めてだった。
 だが、響は一層この二人に憎悪の念を抱いた。
「あんたたちが結託してお母さんをこのうちから追い出したんだ。俺のことも追い出したいんだろ? 言われなくても出て行ってやるよ!」
 それこそタンカを切って、後先考えずに響は家を飛び出した。
 カッカきて飛び出したので、財布ももたず、セーターだけでコートも羽織っていないのに、外は雪が強くなり始めていた。
 しばらく歩いているうちに頭も冷やされ、腹も減り、行く当てすらなく途方にくれていた。
 携帯だけはポケットに入っていたが、生憎、泊めてくれなどと言えるような友人の一人もいないのだ。
 どうしよう、と思いつつもとぼとぼ歩いていると、向こうから知った顔がやってくる。
「あれ、響さん、今、俺、映画借りてきたから響さんとこちょうど行こうと思ってたんですよ」
 時々井原は、響の家の、響が使っている離れへ勝手にやってきて、一緒に映画を見たりしていたのだが、その時の響にはどれほど井原が頼もしく思えたことか。
 だが、井原は響の顔を見て、何か察したようだ。
「今日は俺ンち、行きませんか?」
 井原の両親は、まさしく井原の親、という感じの終始ニコニコしている穏やかな人たちだった。
 初めて井原が連れてきた響に興味津々で、ケーキやお菓子やコーヒーなどを持って井原の部屋に来て、響の頬の腫れを氷で冷やしたりと、かいがいしく世話を焼いてくれたのが結婚して北海道に行ったという井原の姉だった。
 結局一晩井原の家に厄介になったのだが、知らぬうちに井原の母親が響の家に連絡を入れてくれていて、携帯には祖父から、明日ちゃんと戻っておいで、とラインが入っていた。
 そんなこともあったな。
 井原の家で、響が散々、クソババアとこき下ろした祖母は、音大に進学した年の冬に亡くなった。
 響にとってはあまり可愛がってもらった記憶もなく、涙するような感慨もない祖母ではあったが、母親であり妻であった父親や祖父にとっては大事な存在だったのだろうと、今となっては思うこともある。
 響にとって祖父がとても大切な存在であったように。
 要はガキだったんだろう、俺が。
 妙なことを思い出してしまった。
「まあ、祖父が離れに防音対策取ってくれたから、父親とは多少折り合い悪くてもゲンキンに実家にいるよ。おまけにちょっと増築なんかしたから、元を取るまではいないとな。晩飯の時間ずらしてるからほぼ顔を合わせることもないし」
「へえ……」
 続けて何か井原が言おうとしたのを遮るように、「この店も防音にしてるって?」と響は元気に話の矛先を向けた。

 


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