そんなお前が好きだった35

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「俺も勝手に誰か振り込んでくれねーかな! そしたら部屋借りて、自信もって女の子ゲットに全力を尽くす!」
 東が拳を上げて宣言した。
「お前のアーティスト魂はちっせえんじゃないの?」
 元気はスタッフを呼んで、生ビールを追加した。
「俺、じゃあ、久保田の大吟醸にしよ! それと刺し盛り、牛すじ煮込み」
 井原に続いて東が、「生ビールと餃子、たこわさ」とオーダーした。
「響さん、どうします? サワーとかにします?」
 響がさほど酒が強くないことを、井原はすぐ察したようだ。
「ああ、じゃ、梅サワー」
「アサリの酒蒸しとか美味そうですよ。あ、あとこれじゃないっすか? ジャーマンポテト」
 井原がスタッフにてきぱきとオーダーを告げる。
「ジャーマンポテトって何が出てくるんだ?」
 スタッフが行ってから、響がボソリと言った。
「こういう居酒屋のチェーン店では名前だけっすよ、じゃがバターとそう変わらない」
 井原がにっこり笑う。
「悪かったなチェーン店で。いつも行く店、今夜は貸し切りなんだってよ」
 元気が悪びれずに口を挟む。
 駅に近くてタクシーが捕まえやすいのだけはマシかも知れないが。
「じゃあ、そこ次の飲みな」
 井原が念を押した。
「わかったよ」
「そういや、そんなリッチな元気なのに、なんで実家住まい?」
 井原がさっきの続きに戻って聞いた。
「母親一人だし。リュウがいるし、店、近いんだよ」
「リュウって?」
「マメシバ」
「ワンコいるんだよ。可愛いぞ」
 響が笑顔を見せる。
 すると元気が携帯を取り出した。
「携帯、ワンコかよ?」
 呆れる井原に、響も携帯を突き付ける。
「にゃー助? 可愛いな」
「発言に差別がある」
 井原の言葉に元気が文句をつけた。
「ってか、俺の言いたいのはだ、お前の彼女はよ? 東京在住とか?」
 思い出したように井原が元気に突っ込んだ。
「いんや、この街在住」
 答えたのは東だ。
「東京から元気追っかけてきて、この街に移り住んだ」
 元気は渋い顔を東に向ける。
「え、じゃ、ライブの時、来てたのかよ?」
「残念ながら、仕事で東京にとんぼ返り」
 井原の追求にはまた東が答える。
「お前、ちゃんと紹介しろよな、俺に」
 腕組みをして何も言わない元気に井原は不服そうに言った。
「そのうちな」
 元気は適当に答えてビールのジョッキを傾ける。
 既に響は元気の恋人である坂之上豪には顔を合わせているが、豪は頑丈そうで気さくで明るい男で、元気にメチャ惚れしているのを隠そうともしていない。
 ところが紀子の説明によると、それは元気やここの仲間たちの中だけで、世の中では無口なイケメンカメラマンとして知られているらしい。
 あっけらかんとではなくとも、元気も今更隠そうという気もないのは確かだが、わざわざ公言して回ることでもないだろう。
 相手がそれをどうとるかでも変わってくる。
 ただでさえジェンダーギャップ指数なども低い日本で、いくら表面上はマイノリティ差別をなくそうみたいな動きがあるとしても、受け入れられるかどうかは別の話だ。
 特に田舎で、父親のような頭の固い高齢者にはそれこそ異次元の話だろう。
 響は梅サワーって結構いいかもとグラスを空けながらそんなことを思う。
 口では差別はよくないと言っていたとしても、誰もがまさか自分の家族や子供がとかは考えていない。

 


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