そんなお前が好きだった39

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「彼女ができないって叫ぶ前に、ちっとは引き締めろよ。身も心も。紀ちゃんを見返してやれって気になんないのかよ」
 元気にきっちり言われた東は、「わかった! 明日から俺はポテチを断つ!」と一人喚く。
「明日と言わず、今日からにすれば? 響さんは、ちょっと肉付けた方がいいかもな。夕食は作ってもらってるって言ってたよね?」
 ついでのように井原が響を振り返った。
「まあな。炭水化物、あんまし取らないから」
「ひえ、そんなんで生きて行けんの?」
 東が驚いて響を見た。
「これでも学校通うようになって、少しは食べるようになったんだぞ」
 確かに、いろんな人間に言われていた。
 よくそんな細くてあんな大胆なピアノが弾けるね。
 向こうの人間と比べれば日本人は細いんだなどと言い返していたが。
「よし、休みの時は、俺が響さんをあちこち美味いもん食べに連れて行きますから!」
 井原が宣言した。
「それがいんじゃね?」
 適当に相槌を打つなよ、と響は元気をちょっと睨む。
「勝手に決めんなよ」
「遠慮しないで、任せといてください!」
「遠慮してないし」
 それでも井原の満面の笑みを見ると、響はそれ以上何も言えなくなる。
 外に出ると月の明るい夜だった。
「お、咲きかけてる」
 道路沿いに植えられた桜の樹に手を伸ばして、井原が蕾に触れた。
 歩いても帰れる距離なのでタクシーに乗るのはやめて、四人で歩き出した。
「そうだ、部屋を見に行くの、いつならいいか決めといてくださいよ」
 自然と井原と響が元気と東の後ろに並んで歩く。
「ああ、今のところ次の土曜なら空いてる」
「え、じゃ、来週の土曜日、よろしくお願いします!」
 井原は長身を折り曲げるようにして頭を下げた。
「わかったよ。時間は決めてまた連絡くれ」
「はい、不動産屋と話して連絡します!」
 なんでこいつはいつもニコニコと楽しそうなんだ。
 響は思う。
 そして井原の笑顔は響の心を温かくしてくれる。
 こんな日々が続けばいいのに。
 シャッターの下りた商店街のアーケードを歩きながら、やがて一人、二人と、それぞれの家路へと向かった。
 
 
 

 桜の開花とともに心浮き立つ日々が続いていた。
 新一年生の授業については、響も少し気合を入れて臨んだ。
 田村先生にはあれこれとレクチャーを受けていたものの、途中からバトンタッチしたクラスはなめられないようにということだけを考えていただけなのだが、存外生徒たちもすんなり馴染んでくれた。
 だが、高校生活も授業も何もかもが新鮮に映るだろう新一年生の目には、最初の授業で響の印象が決まってしまうに違いない。
 そこは先輩である東に意見を聞いたりして臨んだが、響は少しばかり緊張していた。
「なめられないように、でいんじゃないっすか? 響さん、ロンティボーで優勝したのと比べたら、なんのこっちゃないですって。あ、いや、ロンティボーなんて比べられるべくもないけど」
 どうせ芸術科目とかは、単位取得のためだけって考えてる子がほとんどだし。
 確かに、進学校では癒しの時間くらいにしか考えていない生徒が多い。
 実際響自身、一応音楽はとっていたが、高校時代も授業で音大進学に役に立つようなことはあまりないと考えていたし、田村先生には悪いが授業は自分にとっても休息のひと時でしかなかったな、と思い起こす。
 それならそれで、と肩の力を抜いて迎えた最初の授業では、年間を通してどういう授業をしていくのかをざっと説明したあと半分は、リクエストを取って、ピアノで弾いて楽しませることに費やした。
 


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