「何か、ドイツ語っぽい言葉で怒ってなかった?」
席に戻った響に心配顔の井原が尋ねた。
「嫌なやつから。何でこの番号わかったのか。うちに電話して聞いたのかも。クソ!」
腹立ちまぎれに響は言い放つ。
「嫌なヤツって、大丈夫? 何ならボコってやるけど?」
「海外だからな。ボコれないだろ」
響は笑った。
そうだ、向こうは海外なのだ。
そう思うと少し安堵した。
だが日本に来るとか言っていた。
まさか、この街を訪ねてくるとかはないよな。
普通あれだけ拒否られたらわかるだろ。
しかも自分は妻子持ちのくせに、ふっざけんな!
出会った時、指揮しているところが少しカッコいいとか思ったことまで、腹立たしくなってくる。
いや、そうだった。
後ろ姿が、どこか井原に似ていたのだ。
だからつい、気を許してしまった。
実際は妻子がいるのに俺を騙してたとか、井原なんかとは似ても似つかない。
ほんと俺も大概、バカだよな。
「響さん、ほんとに平気? 何があったのか知らないけど、話くらい聞くよ?」
真面目な表情で、井原は響の顔を覗き込む。
「わざわざ聞いてもらうほどの話じゃないって」
ドロドロでぐちゃぐちゃな話なんか井原にできるわけないだろ。
「そう? まあ、もし聞いてほしいことがあったらいつでも言って」
響にとってひどく嬉しい言葉だった。
「わかった」
話せるもんならな。
何気に視線を上げると、元気と目が合った。
何となく、見透かされたような気がして、響はすぐに目をそらす。
高校時代からいろいろな人を惹きつけていたような存在だったから、元気の恋人が男でも不思議と納得できる気がした。
どういう経緯でとか詳しいことは聞いたことがないが、紀子がチラッと話してくれたことによると、ミツドモエだかヨツドモエだかの人間関係で最終的にそうなった、らしい。
響からすると、聞いただけでウンザリと言う感じだ。
人間関係とか面倒ごとはごめんだ。
家族だけでも面倒なのに。
井原とは同僚として付き合って行けさえすれば、俺はにゃー助とピアノだけでいい。
響は思う。
ただし、井原も新居に一緒に住む相手が見つかるかもしれないぞ、なんてのは、ヤケクソな強がりが言わせた科白だ。
実際、井原が荒川と付き合うとか、彼女ができたり結婚したりってのをまのあたりにするとかは、ちょっと精神的にきつい。
田村先生が戻るまでにつらくなったら、講師、辞めるかな。
それが響の出した結論だ。
いつかのことを考えて思い悩むのもいやだから、今のことだけ考えよう。
ふと響がぼんやり目の前を見ると、東が何か物思いしながらしきりと手はジャーマンポテトや唐揚げを口に運んでいる。
「東、お前、サラダ食ったら? まだメタボになりたいのか?」
東を見ていると、つい口を出したくもなる。
途端、東は手を止めた。
「この手が………はああ。何か考えたりするとこういうもんにいっちゃうんすよね~」
「お前、俺がこっち戻ってからも、横にでかくなってるよな。やっぱちょっと絞った方がいんじゃね?」
隣から元気も口を挟む。
「わかるわ、実家だと、親が俺の好きなモン並べてくれるし」
井原は東に同情する。
「いやいや、こいつその上に、絵描く時、ポテチとか酒とか傍に置いてっからな」
さらに元気が東の日常をばらす。
「や、それは、何かひらめくとその~………」
ぶつぶつと反論にならないようなことを東は呟いた。
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