「俺は好きな子からしかもらわないって決めてるから悪いって断った」
井原が断言すると、東が、「くっそ、俺もそんな科白はいてみたいよ」と自棄っぱちに言い放つ。
「響さんも実は女の子に色々もらってたでしょ?」
元気が響に振ってきた。
「俺はないよ。とっつきにくそうな目で睨んでたし」
チョコなどはまあ、くつ箱に入っていた気もするが。
それより、やっぱ俺の十年物の初恋の相手が井原とか、井原本人に知れたらそれこそ重いどころの騒ぎじゃないぞ。
せっかく…。
せっかく、妙なタイミングで井原と響が図らずも母校で仕事仲間として共有できる時間ができたというのに。
それだけで十分だ。
まさか再会できるなんて思っていなかったのに、こうして笑って話ができるだけでいいのだ。
こんな貴重な時間を壊したくはない。
「高校生だった頃はまだ夢を見ていられたさ、しかし講師とか案外出会いがないんだよな」
「あんなに女子高生いるのにな」
東のボヤキにジャーマンポテトなるものを口に放り込みながら元気が軽く言った。
「東どころか、ヒガジイだぞ? クソ女子高生ども」
「ヒガジイ? そらまた………。あ、マッチングアプリとか?」
笑いながら井原が提案する。
「そういう得体の知れないのはパス」
「東京で個展やってるんだろ? オープニングパーティとかやらないのか?」
響が思いついて口にした。
「ダメ。いつも同じメンツがほとんど」
「じゃ、今度、元気の店で個展やれば? それでオープニングパーティ」
井原の提案には、東も少し心動かされたようだ。
「小品に限定すれば、売れるかも知れないし、オープニングでミニライブやれば人も集まる上に、コストも抑えられる」
「おい、勝手に俺の店で話を進めるな! 誰がタダでいいと言ったよ?」
元気が慌てて抗議する。
「タダとは言わないさ、ミニライブパーティでチケット料もらえば」
「いいんじゃないか? それ。東じゃなくても出会いがあるかも」
響も賛同した。
「え?」
すると井原が響を振り返った。
「井原も新居に一緒に住む相手が見つかるかもしれないぞ」
響がそう言うと、井原は急に押し黙った。
とその時、響の携帯がポケットで鳴った。
何だろうと取り出すと、リストにはない相手からだ。
しかも+四九、ドイツの番号だ。
ベルリンで使っていた携帯はとっくに解約し、今の携帯は日本に来てすぐ契約したものだ。
一度、用があって電話をかけたのは、世話になったベルリンのバイオリニスト、アルウィン・ボルネフェルトだけだ。
とりあえず、席を立って少し離れたところで電話に出た。
聞こえてきた声は二度と聞きたくないと思っていた男の声だった。
「お前とはもう話すことはないと思うが」
長年の習慣で向こうの言葉を耳にすればするりとドイツ語が口から出た。
「来年こっちのオーケストラが公演するから、俺が指揮をすることになった。その下見に来週あたり日本に行くんだ。会ってくれないか?」
厚顔無恥と言うのはこの男のためにあるのかと思うほど、響の怒りは沸々と沸き上がる。
「もう終わりだと言ったはずだ」
「待てよ! 俺は今でもお前を愛してる。別れたくはない」
「俺は二度と声も聞きたくない」
怒りについ声も大きくなってしまった。
携帯を切ると響はクラウスの番号を着信拒否設定した。
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