そんなお前が好きだった41

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「からかわないでくださいよ、それより十時くらいで大丈夫? 土曜日」
 井原は真剣な目を向けてくる。
「ああ、いいよ」
「じゃあ、十時に迎えに行きますから、よろしく」
 響の返事をもらい、慌てて美術室を出たと思うと、また井原は戻ってきた。
「あのさ、俺が部屋を探してるとか一人暮らしとかここだけの話にしといてもらえます?」
 声を落として井原は二人に言った。
「何だよ、怪しいな、秘密にしろって?」
 怪訝そうに東も少し声を落とす。
「いや、どこに住んでるのとか、質問しに行っていいとか、いろいろ聞かれててさ」
「ちぇ、このやろ! 自慢かよ! 女子が知りたいわけだよな?」
 東が文句を言う。
「でも、狭い街だし、そのうちすぐ広まるんじゃないか?」
 にべもなく響が言った。
「まあ、とにかく、広まったら広まった時ってことで、よろしく!」
 そう言い残してそそくさと井原は美術室を出て行った。
「モテるやつはつらいってか? クソ!」
 その背中に向かって東が吠える。
「まあまあ、東もほら、こないだ話してた元気の店でミニライブと作品展、本腰入れたらどうだよ?」
 二人のやり取りを微笑ましく見ていた響は、そういえばと飲み会の時に話題になった話を思い出した。
「ああ、あれね、元気もやれっていうし、ちょっと考えてみますよ。その時はまたよろしくです!」
「OK。っと、いけね、こんな時間」
 響も慌てて美術室を出た。
 なんだかな。
 こんな充実した時間を過ごせるとは響は思ってもみなかった。
 音楽室に向かいながら、窓から流れる雲を見て響は笑みを浮かべた。

  
 
 庭のシラカシやカエデ、シマトネリコの樹々が瑞々しい青い葉を茂らせ、木洩れ日がゆらゆらと眩しい。
 快晴の土曜日、井原が和田家を訪ねた時、たまたま庭には響の父親がいた。
 眼鏡をかけ少し額が後退したその様子は穏やかに年を経た人のように見えた。
「響なら、そちらからどうぞ」
 井原が丁寧に挨拶すると、響の父はそう言って母屋へと戻っていった。
 チャイムの音に響が携帯を見ると九時五十分を回ったところだった。
「おはようございます!」
 ドアを開けると井原が顔を覗かせた。
「ああ、おはよ…、ちょっと待ってくれ。にゃー助の水、置いとかないと」
 ペットゲートの向こうには丸い緑の目をした、大きめの猫が井原を見つめていた。
 人慣れしているせいで、逃げようとはしない。
「お、にゃー助、思ったよりデカ。仔猫かと思ってた」
「保護猫でもらった時もうでかかった。今、約一歳くらい」
「触りてぇ……」
「不動産屋行くんだろ」
 響はジャケットを羽織り、ペットゲートを閉める。
「うーまたな、にゃー助」
 井原は目を細めてにゃー助に笑いかけると、先に外に出た。
 スニーカーに足を突っ込んだ響はドアを閉めて鍵をかける。
 井原はシラカシの樹を仰いで腕を上げて伸びをしていた。
「すっげ、いい天気。俺の行いがいいって証拠っすね」
「言ってろよ」
「車、門の前に停めてあります」
 ジープレネゲードの四WDで、どう見ても新車だ。
 割とごついタイプだが、カラーが白なのでまだ馴染みやすい。
「いい車じゃないかよ。俺なんか中古のヴィッツだぞ」
 前後にドライブレコーダーがつき、ナビといい最新装備だ。


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