それから不動産屋に戻ると、井原はたったか契約金を支払った。
「さてと、ランチ行きましょう! お礼に奢ります!」
大家に簡易ガレージ設置のことを確認してもらい、OKが出たところで、井原の提案に響も、「そういえば、腹減った」と頷いた。
「やっぱ土曜日は混んでるな」
車をパーキングに停め、観光客がそぞろ歩く街並みをたったか歩く井原に響はついていく。
「ここ、バーガーショップなんですけど地元の牛肉使ってて、旨いって口コミ見て一度来たかったんですよ」
元気の店と同じで外観は古い作りだが、店内はアメリカナイズされ、流れるのはどうやらAFNインターネットラジオからの音楽だ。
「何だよ、アメリカが懐かしいわけ?」
響はちょっとからかい気味に聞いた。
「そういうんでもないんですけどね、なんか慣れてしまってて、まあそのうちこの国のいろいろにも慣れますよ。響さんはそういうのない?」
にこにこと井原は答える。
「うーん、まあ、向こうのやたらめったら広い空間に慣れてたから、こっちに戻ってウサギ小屋的な狭さに最初は圧迫感みたいなものがあったけど、そろそろ落ち着いてきたよ」
「だって、あの離れ、結構天井高いし、広いでしょう」
「あれな。祖父も昔ロンドンに留学してたことがあったみたいで、うちを建て直す時にちょっと離れを向こうっぽくしたとか言ってた」
祖父は粋なところがある紳士だったが、父親は見事なくらい堅物で考え方が偏っていて、二人は性格も人となりも違っていた。
もうそんな祖父がいないことを再確認すると、響の胸中に寂しさが去来する。
「おじいさん、残念でしたね」
井原がしみじみと言う。
「祖父は父が大学に入る頃まで、横浜で商社をやっていたらしくて、やはり親が亡くなってこちらに戻ってきたらしい。こっちに来てからは何か、東京の知人に頼まれて翻訳みたいなことをやっていたようだけど、生涯悠々自適で生きたみたいな人だったよ」
残してくれたのはモノばかりではない。
今でも祖父の温かい言葉が響の中にある。
「音大なんぞとバカにしていた父親に金出してもらうの嫌だった俺の想いを察して、祖父がサッサと入学金も授業料も払い込んでくれて、四年間充分に暮らせる生活費も用意してくれた。俺はそんな祖父に報いるために奨学金もらってたし」
そんなことを話しているうちにランチのバーガーセットが運ばれた。
「げ、でかくない?」
目の前のハンバーガーに響は気後れすら覚える。
「これしき、大丈夫ですよ」
井原はすぐさま大きなハンバーガーにかぶりついた。
響も一瞬迷いながらも何とかほおばった。
ボリューム満点のポテトやサラダまで井原はガツガツと見事に平らげた。
ソースを口元につけながら笑う井原は高校生の頃と変わりなく屈託がない。
「美味かった~」
口に出して満足げな井原に、周りに座っていた女性陣がくすくす笑う。
「さすがにこっちのが本家より美味いっすよ、パテが違う」
「うん、確かに美味かったな」
響も遅ればせながらセットを食べきった。
「さあて、腹ごなしにちょっとドライブしません?」
「ドライブ? どこへ?」
響は思いもよらない展開に少し戸惑った。
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