祖父がまだ車を運転していた時、車二台分のガレージを作ったので、今は父親のセダンの横に響のヴィッツが入っているが、ちょうど一台分くらいの駐車スペースは玄関の前にあり、ピアノのレッスンに来る生徒の親が停めている。
二人はのんびり歩いて元気の店に向かった。
「で、部屋決まったのか?」
カウンターに陣取った井原と響に香り良いコーヒーを差し出しながら、元気が言った。
「部屋ってより、一軒家だぞ」
「平屋だけど、家賃六万、周り山と畑で、騒音クレームは来ない、駐車スペースありのペット可だ」
響の答えに井原が情報を追加した。
「おお、引っ越し飲み、いつにする?」
元気は早々と飲み会の話になる。
「ってかお前、その前に当然手伝いに来るよな?」
井原が訂正したところで、ドアが開いてぬぼっとでかい男が入ってきた。
「あ、響さん、いらっしゃい、何か久しぶりっすね」
ムスっとした顔が響を認めて破顔した。
「だな。こっちにはいつまで?」
響に向ける時は豪の笑みは自然と優しい。
「昨日来て、月曜の朝には戻んないと」
「忙しいな」
ガッシリ体系、短く刈り込んだ髪、どちらかというといかつい顔だが、笑うと目尻が下がって、人の好さそうな表情になる。
背丈は俺と一緒くらいか?
響の横に座って何やら仲良さそうに話している男を、井原は値踏みした。
「初めてだったな、こいつ、豪。こっちが春に母校の教員になった井原」
元気が豪と呼ばれた男を井原に紹介した。
「井原さん? すげえボーカルだって聞きましたよ。初めまして。坂之上豪です」
マウントを取ってやろうかとすら思った男はそれでも愛想よく井原に自己紹介した。
「世界を股にかけた新進カメラマンってやつ? いい写真撮ってるよ」
ただまたしても響が嬉しそうにそんなことを言うので、何だよこいつ、と井原はちょっと眉を顰める。
「へえ、報道カメラマン? 戦地とかもいくわけ?」
「いや、まあ、行けと言われればですが、今はなるべく生きて帰ってこられるようなところの仕事やってます」
井原に聞かれて、へへへ、と豪は恥ずかし気に笑った。
「あ、元気、俺、ちょっとデータ整理するんで、今夜路傍でいいか?」
「ああ」
元気は手を動かしながら返事をする。
「あっと、そういや、みっちゃんがまた来るってほんとかよ」
店を出て行きかけてまた戻ってきた豪が言った。
「知らないよ、とっとと行け」
豪は響と井原にちょっと目で挨拶しなおして店を出て行った。
「ん? なあ元気、今の豪って………」
井原が元気に言いかけた時、響の携帯が鳴った。
「はい」
響が畏まった声を出した。
「え? 誰ですって? ………わかりました。今、帰ります」
携帯を切った響の顔が強張っているのに気づいて、井原が「どうかした?」と聞いた。
「それが………。知り合いが家に来たって親父から。ちょっと歓迎したくないやつ。俺、帰るわ」
「え、あ、ちょ、待って、俺も」
井原はコーヒー代をカウンターに置くと、慌てて響のあとを追った。
足早に家に向かう響に追いついた井原は、響の苛立たし気な顔を見下ろした。
「ひょっとして、こないだ電話してきたって人?」
「ああ」
あいつ、まさか本当に来るなんて。
父親から外人がやってきてお前に用だとか言っているという電話だった。
クラウスと名乗っていると聞いた響は一気に頭に血が上った。
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