「なあ、あの人、向こうで付き合ってたとかそういう話、聞いてるか?」
井原は必死な顔で元気に聞いた。
「響さんがそんなこと俺に話すと思うか?」
「だよな……」
元気の冷ややかな口調に井原はまた一つ溜息をついた。
「響さんを訪ねてきた金髪碧眼の色男が!」
「はあ?」
脈絡もなく話が飛んだ井原の顔を、元気はまじまじと見た。
「クラウスとか言いやがって、響さんはオーケストラで一緒にやったことがあるとかって」
「そら、いくらでもいるだろう、響さん、あえて自分を過小評価したいみたいだが、あの人ロンティボーで優勝してるんだし」
「指揮者とかって」
眉を顰めて井原は拳を握りしめる。
「へえ、それで響さんそいつとどっか行ったわけ?」
「いや、何か言い争ってたみたいだが、響さんが追い返した。ドイツ語!」
「は?」
また元気は怪訝な顔を向けた。
「何で俺ドイツ語やってないんだろ!!! くそ!」
ドン、と井原はカウンターを拳で叩く。
「カウンター壊すな!」
すかさず元気に叱責されつつも井原はグラスを差し出した。
「もう一杯くれ」
「ドイツ語がどうしたって?」
とりあえずグラスに酒を注ぎ、元気は聞いた。
「あの金髪男! 俺がわからないと思ってドイツ語なんかで話しやがって! 」
「ドイツ人だったら仕方ないだろう」
「くっそおおおお!」
「喚くな!」
井原は怒鳴りつける元気もなんのそので、またグラスをゴクゴクと飲み干した。
「もう晩飯の時間だろう、家に帰らなくていいのか?」
「あ、元気、何気に俺のことウザがってるな!」
ちょっと酔いが回っているらしい。
「もう、店閉めようと思ってたんだよ」
「あ、そういやなんか、さっきの豪ってやつと約束してたよな? 飲み行くのか? クソ、お前らばっか、俺も混ぜろよ!」
迷ったものの、ここで粘られても困ると思った元気はタクシーを呼ぶと、井原連れで路傍に向かった。
豪の住む町への道路沿いにある路傍は、古民家を改造した隠れ家的居酒屋だが、元気や豪の行きつけで、友人を連れてくるならここと決めている。
旬の素材を活かした料理と美味い酒がメインではあるが、頼めば家庭料理なども作ってくれるのでそっち目当てで通う常連も多い。
「あれ、井原さん?」
豪はもう店に来ていて、元気の連れてきた井原に気づいた。
店主は気を利かせて三人を座敷の個室に案内してくれた。
春とはいえ夜になるとまだ肌寒い日もあり、今夜も割と冷え込んできたので、部屋は暖房が少しきいている。
「井原さん、もうできあがってるんすか?」
豪が聞いたが、少し赤ら顔の井原は、「元気がケチ臭くて、二杯にしか飲ませてくれないしさ」などと言って笑う。
「店閉めようとしたら飲ませろとか言って来てさ」
元気は軽く言い返す。
「何かあったのか?」
「うーん、まあ、何か、ちょっとあったみたいだな」
こそっと聞いてくる豪に元気は煮え切らない言い方をした。
「ドイツ語の問題なんだ!」
すると井原はまた声を張り上げた。
「ドイツ語? 井原さんしゃべれるんすか?」
豪は向かいの元気の横に座った井原に聞いた。
「何で、俺はドイツ語をやらなかったんだって話!」
井原が喚く。
「は?」
豪は元気を見たが、元気は首を横に振った。
「支離滅裂」
元気は店長お任せの料理ととりあえず日本酒を頼むと、テーブルに頬杖をついてぼんやりしている隣の井原を見た。
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