「響さんは何か隠してる」
井原はまた唐突に口にする。
「響さんがどうかしたんですか?」
「おい、お前、響さん、響さんて気安そうに! どういう了見だ?」
何気なく聞いた豪に、井原が突っかかる。
「いや別にどういう了見も何も………」
わけが分からず豪は元気に救いを求めたが、元気は、「さあ」というばかりだ。
料理や酒が運ばれると、元気がさり気に高校時代の話に切り替えたので、井原も少し機嫌を戻したらしく、ひとしきり昔話に饒舌になった。
「え、江藤先生、結婚すんの?」
井原は気になる名前を耳にして、元気に聞き返した。
江藤先生とは母校出身で現在母校の司書教諭だが、K大大学院まで行った才媛で、気さくな人柄が生徒受けがよく、長い黒髪をいつも後ろできっちり束ねている、真面目な教師だ。
井原や元気が卒業する頃には二十八歳、独身だった。
「結婚っていうか、再婚?」
「え、再婚って、江藤先生、『丸一』の秀喜と結婚して別れたってこと?」
井原がそう聞くのも仕方がないかもしれない。
何せ、一時、江藤先生と『丸一』の秀喜が付き合っていると学校で噂になっていた。
『丸一』の秀喜とは、井原や元気の同級生であり、年に数回のバンド、昇り龍のドラムスで、老舗旅館の跡取り息子だが、三年の時、江藤先生に告って振られたものの、何度目かのトライでOKをもらった云々がまことしやかに広まって、江藤は校長に呼び出されて真相を聞かれたらしい。
「いや、大学行ってから秀喜と江藤先生、公にも付き合ったんだが、結局秀喜の親の反対もあって、江藤先生が見合いで結婚したから、秀喜も大学卒業してこっち戻ってきて親の勧める人と結婚したんだ」
元気の説明に、井原は少し落胆した。
「そっか、現実ってのはやっぱそううまくはいかないよな。俺ら、二人がこっそり付き合っているの応援してたのにな。ん? でも江藤先生が結婚て?」
「いや、それが、江藤先生、流産したのが原因で離婚したんだよ、一年ちょっとで」
興味津々で聞いてくる井原に、元気はちょっと眉根を寄せる。
「うーん、そんなことあったのか。江藤先生に挨拶にいったら、全然昔通り、明るかったぞ」
「まあ、それがさ、秀喜も実は割とすぐに離婚して、結局、秀喜家出てまた江藤先生と付き合い始めて」
元気は笑った。
「秋に正式に結婚式するらしいけど、近々籍入れるってよ」
「何だそうなのか、遠回りしたにせよめでたいじゃないかよ」
井原は冷酒をぐいぐい空けてかなり酔っているので、声がでかい。
「そうなんだよ、でさ、仲間で先にウェディングパーティやろうって話になってるわけさ」
「なるほど。しかし何だって、そんな回り道になったんだ?」
井原は納得がいかないと腕組みをする。
「そりゃ、家の格式だの、年がどうのと、両方の親がうるさかったからな」
「つまんねえこだわり」
井原がすぱっと言い放つ。
「まあな、実際つまんないってわかってても、うるさい年寄りがいるわけさ。秀喜の最初の結婚相手ってのがどっかの良家の子女って話だったのが、実は元カレと切れてないわ、遊び人だわってのがわかったし、姉さんが娘連れて戻ってきてさ、これがまたしっかりした子で、その子に女将をつがせるってことになって、秀喜は経営者に納まったっつう話」
元気は当人にしてみればいろいろ詰まった紆余曲折をかいつまんで話した。
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