広告代理店プラグインのオフィスがある表参道のビルから浩輔が出てきたところへ、ピカピカの濃いブルーの車が停まった。
「お出かけかな? 浩輔ちゃん」
ドアが開いて降り立ったのは、ラクダ色のコートに渋いモスグリーンのマフラーをきっちり巻いているが、雰囲気の華やかな男だ。
「わー、かっこいいっ! 車、変えたんですか? 藤堂さん」
「そ、出たばっかのクーペ。いーだろー」
自慢気に車のボディにぽんと手を置く。
「この濃いブルーが、そろそろ落ち着きを伴ってきた紳士にはよく合っている……、そう思わない? 浩輔ちゃん」
仕草や態度からもいかにも『えーとこのボン』というのが窺える藤堂は、気取りも浮いていないというか、妙に自然に受け取れるから不思議だ。
一見穏やかそうな甘いマスクのおかげで女の子にはもちろんモテるのだが、ともするとその突拍子のない行動ゆえに、バイバイされたという例は数知れず。
浩輔も英報堂にいた頃は、自分のことをイジメてからかっているのだろうと思っていたので、この藤堂が苦手だったが、河崎と藤堂が英報堂を辞めて一緒に興した会社、プラグインに入って約半年、人をからかって遊ぶのが好きなだけで、害はない男だということがわかった今はすっかり馴染んでいる。
「送っていこうか? どこ行くの?」
「講英社に河崎さんと一緒に。今、電話中で」
「あそ」
「いーなー、プジョーか。俺は、ほら、ビートル? あれいーなーって思ってて」
浩輔は子供の頃から車が好きで、あれがほしいこれがほしいと兄や姉にねだって困らせたらしい。
高級車はおいそれと買えるものではないとわかってくると、さすがにほしいとはいわなくなったが、思わず寄っていきたくなるのはいまだに変わっていないかも知れない。
「しまった! そうと知っていれば! あれだろ? あれ……確か、そう」
藤堂は左手を右手の拳でぽんと叩き、
「あの黄色の可愛いやつだろ?」
「そうそう! あれです!」
「浩輔ちゃんにはドンピシャって感じだな、ウンウン」
藤堂は大げさに頷く。
「何がドンピシャだ?」
二月の吹きさらしの中で車談義をしている二人に思い切り訝しげな視線を向けながら、エントランスから河崎が出てきた。
「ビートルの話だ」
「ビートル?」
「浩輔ちゃんには黄色いビートルなんか似合うなーと」
「ワーゲンの新車がね、いっかなーなんて」
河崎の目が眇められる。
「ガキか、てめーら。車なんか動けばなんだっていいんだ。義行、早いとこ車どかせ。浩輔、とっとと行くぞ!」
「は、ハイッ!」
藤堂が自分の車を駐車場に入れると、慌てて浩輔は社用車の助手席に回る。
この車は国産車のセダンだが、高級車の部類に入る。
河崎が車などに頓着ないとはいえ、プライベートの車はベンツの高級車だし、ポルシェなんかもあったはずだが、どうやら藤堂に唆されて買ったということのようだ。
「そういや、お前、車どうしたんだ?」
「え、ああ、以前持ってたやつ手放しちゃってから、持ってないです」
ちょうど疲れ果ててイタリアに逃避行する直前のことで、浩輔はあまり思い出したくない過去を手繰り寄せて簡潔に答えた。
河崎は何も言わずに咥えていたタバコを灰皿でもみ消した。
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