『今夜はお部屋でお待ちしてます』とか『夕べはとってもステキでした。浩輔』などとプリントアウトされた紙が河崎の机の上に置かれているのに気づいた時は、浩輔もさすがにカッとなって破り捨てたが、みんなはそれを見たらしく、浩輔の顔を見てニヤけている。
河崎が直接言いつければいそいそとお茶を運ぶ女の子たちに、浩輔がお茶を頼もうものなら、すかさずさやかが現れて「女はお茶汲みするために会社来てるんじゃないのよ」などと、もっともらしいことを言う。
慌てて自分でコーヒーを炒れて会議室に向かう浩輔を、女の子たちの笑い声が追いかける。
ふり返ると、さやかの嘲るような目がそこにあった。
浩輔一人の時は、挨拶さえ無視される。
まさしく四面楚歌状態だった。
「田口綾乃が担当は君じゃないとやらないとごねてね。MECもこれ以上遅らせられないと納得した。フン、いい男は得だな」
嫌味をおまけに、馬場は言った。
数日後、結局河崎は仕事に戻った。
河崎と田口綾乃のスクープが写真週刊誌やTV、ネットやSNSを賑わせたのは、CM撮影が終わった頃である。
河崎は綾乃と行動を共にすることが多くなり、部屋に戻らないことがしばしばあった。
「フられたんだな? コースケクン、夜が侘しいんじゃない? 何なら俺んとこくる?」
耳元で囁いていく藤堂を、浩輔は思い切り睨みつける。
淋しいなんて気持ちは、マヒしたように忘れていた。
河崎にとって自分など、どうせお手軽で数え切れない程の『女』の一人でしかない。
どころか男だ。
笑えてしまう。
いずれにしろ、いつか飽きられるのはわかっていた。
それでも心は勝手に河崎に追いすがる。
たまに部屋に戻ってきた河崎は浩輔のそんな思いをよそに、浩輔をベッドに引っ張り込む。
河崎の腕の中で、もう行かないでと、置いて行かないでほしいと、浩輔は声に出せずに叫び続けていた。
けれど、やがて河崎の携帯が鳴り、『わかった』と、河崎はひとこと答えると、さっさとシャワーを浴びて、どこへ行くとも言わずに出て行ってしまう。
河崎の部屋でポツンととり残される。
言い難い虚しさ。
会社の中でも恐ろしく独りだ。
自ずから離れよう、初めてそう思った。
辞めよう!
これ以上無様な姿を晒す前に。
この二年は自分にとって一体何だったのか。
仕事で業績を上げるどころか、河崎とのことが噂になり、周りからは蔑まれ、存在自体を賎しめられた。
苛めも結構きつかったが、屈するつもりはなかった。
ただ河崎に置いていかれまいと必死で。
仕事上での河崎を尊敬し、追いつきたいと思っていたから。
愛していたのだ。
その罵声すら。
けれども肌を重ねるたびに心が遠くなる。
部下としてだって、自分の代わりなんかいくらでもいるだろう。
むしろ自分がいても河崎の足を引っ張るのが関の山だ。
どこにも、もう、自分の居場所を見つけることはできない。
一方通行のデッドエンド………。
静寂に耐え切れずつけたテレビから、バラエティ番組の無闇に賑やかな笑い声が飛び込んでくる。
ふと随分笑っていないのに気づく。
広い河崎の部屋で、ひとり、ぼんやり座っている浩輔を見上げて、チビスケが、ミャア、と擦り寄ってくる。
「チビスケ…疲れちまったよ、俺」
浩輔は猫を抱き締めて、目を閉じた。
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