誰にもやらない23

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 汐留は東京の観光名所のひとつであると同時に、建ち並ぶ超高層ビル群がヒートアイランド現象の要因となっているともいわれている。
 そのビル群の中のひとつが、大手広告代理店英報堂本社ビルである。
 吹きさらしの夜のオフィス街は静まり返っていた。
 佐々木は英報堂の駐車場に愛車を滑り込ませた。
 どのくらいたったろう、運転席で腕組みをしたまま宙を見据えていた佐々木は、女の甲高い声に振り返った。
 やがて派手な女を連れて男がエレベータから現れた。
「これは奇遇やな、河崎さん」
 佐々木はその男の前に立ちはだかった。
 どう考えても、スキーの時といい、今回の横やりといい、河崎が故意に仕掛けてきたとしか思えなかった。
 昨夜九時を回った頃、デザイナーズセクションの最奥にあるチーフデスクにコーヒーを置いたのは直子だった。
「あ、おおきに。こんな時間まで? ナオちゃん」
「今日は仕事が重なっちゃって。それに佐々木ちゃんたち大車輪状態だしねぇ」
「あれ、でもデートやないん?」
 今日の直子はゴスロリドレスで決めていて、唇もビビッドなカーマインと、いつにもまして気合が入っている。
「うん、まあ、オールだから今夜は」
 何となく言葉の端々に煮え切らなさが滲み出ている。
「彼氏のこと? 何か悩んでるん?」
「うーん、まあね。それよか、佐々木ちゃんたちの方が心配。お手伝いすることがあったら何でも言って」
「おおきに。せやな………」
 言いかけた佐々木が口ごもる。
「何かあるの?」
「いや、英報堂のこと詳しい人、知らん?」
「英報堂? ってか河崎さんのこととか?」
「さすが、鋭いな、ナオちゃん」
「友達でモデルやってる子もいるから、聞いてみようか?」
 そう言った直子は、早速今朝がた、佐々木に情報をもたらしてくれた。
 仕事はとにかくできる男なので会社側も大目に見ているが、部下は半年と続かず、浩輔は珍しく二年も続いたものの結局辞めてしまったので、やっぱりね、という話だった。
「以来傍若無人ぶりがさらにひどくなって、もともと派手だった女関係も目に余るし、相方の藤堂さんが手綱を引いているお陰で何とかなってるって。何だかなぁ、あの御曹司」
 佐々木は聞いていて眉を顰めた。
「でも、スキーの時といい、今回のコンペといい、何であの河崎さんがコースケちゃんに絡んでくるのか、引っかかるんだけど」
 直子の指摘に佐々木も頷かないではなかった。
 可愛い浩輔を悩ませているらしい元凶にどうにも我慢がならず、直接対峙して文句の一つも言わないことにはおさまりがつかなかったのだ。
 たまたま近くで打ち合わせをした業者仲間から、今夜、河崎が使っているタレントと一緒に英報堂にいると耳にしたのだ。
「ふん…きさまか?」
 河崎は佐々木を見てほくそ笑む。
「いつもステキな女性が傍にいて、ほんま、羨ましい限りやな」
 プロポーションだけの女やなと、佐々木は心の中では毒づく。
「何の用だ?」
 女の肩を抱いたまま、河崎はふてぶてしい貌で聞き返した。
「あんた、猫、どないした?」
「猫? 猫がどうしたって?」
 佐々木は、河崎は浩輔の心配している猫のことなどとっくに忘れているのだと解釈した。

 


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