「やめてくださいよ、だから、俺は使いモノにならなくて逃げ出したんですよ。それをいうんなら、佐々木さんこそやっぱ、すごいなあって。天才クリエイターにケーキなんかおごらせちゃって、どうしよ、って思ってんですから」
地下鉄のホームへの階段を降りるうちに、発車のベルが鳴り始めた。
「わ、佐々木さん、電車、出ちゃいますよ」
「走るで!」
ドアが閉まる寸前に二人は電車に駆け込んだ。
同時に、駆け込み乗車は危険ですからおやめください、という車内アナウンスに二人は顔を見合わせて笑った。
電車が青山一丁目に着くと、佐々木が「コースケ、降りるで」と言う。
「え、渋谷、行くんじゃなかったですか?」
浩輔は慌てて佐々木に続いて電車を降りる。
「今日はこっちの気分」
外に出るともう辺りは暗くなっていた。
佐々木が浩輔を連れて行ったのは、青山通り沿いのリストランテだ。
「赤のスプマンテがうまいんだ」
浩輔は佐々木に進められるまま調子に乗ってグラスを空ける。
カルパッチョもパスタもピザも美味い。
というのもひょっとして野間口との仕事が、佐々木の言うようにたったか決まるかも知れない、そんな気がするからだ。
「英報堂での二年間もひょっとして、まるっきり無駄だったわけではなかったのかも」
例えその確率は一パーセントだとしても。
「あたりまえや。何やったって無駄なことなんかあるわけないやろ? 一パーセントとか、言ってんなや」
浩輔がボソボソ口にしたことに、佐々木は怒ったような口調で諭した。
いい気分で酔っていた。
「佐々木さんといると、すんげ、楽し!」
「わかったわかった。こら、ちゃんと歩け!」
店を出ると、酔ってふわふわと歩く浩輔が車道へ出て行きそうになるのを、佐々木は慌てて引き戻す。
「地下鉄、こっちでしょ?」
「酔い覚ましに歩く!」
「ふわーい!」
浩輔は素直だが頑固だ。
しかも見てくれを裏切って、つついてもちょっとやそっとじゃ折れないしなやかさを持っている。
「伊達に一年、お前をみてきたわけやないで」
佐々木は呟く。
「え、なんすか?」
「お前がイジメで逃げ出すやなんて、ないやろ?」
「へ……?」
外苑前あたりまで歩いてくると、つい先の方がえらく明るい。
ビル街を少し入ったところで、あちこちに照明が設置され、何人もの人間が動いていた。
「……撮影らしいな」
実はさっきキョーヤから、ここで撮影があるらしいことを佐々木はこそっと聞いていた。
「へえ、何だろ」
佐々木が立ち止まったので、浩輔もその撮影らしきようすをうかがった。
「もう一回、お願いします!」
ディレクターの声で、通りを走ってくるのは見たことのある若手女優。
追いかけるように青年が続く。
手にしているカメラで青年が女優を写し始める。
どうやらCM撮影らしいと、浩輔はじっとシーンを見つめた。
そしてその先に見つけた顔。
入れ替わり立ち替わり、その男のところへスタッフがやってきては散っていく。
「あ……」
さっきのカフェで見かけた眼鏡のエリートも、男の指示を仰ぎながら動いていた。
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