誰にもやらない36

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     act 5
   
 
 翌朝はまた大雪が東京の交通網を麻痺させていた。
「はい、ジャスト・エージェンシーです。あ、おっはよー、コースケちゃんもフレックスタイム? 今、佐々木ちゃんとあたしとまだ五人しか来てないんだよぉ?」
 直子の声を聞きつけて、佐々木は営業部に足を向けた。
「え、風邪? 大丈夫? うん、伝えとくね。お大事にぃ」
「コースケ? 何やて?」
 直子が受話器を置くのを待って佐々木は尋ねた。
「風邪で、熱あるんだって。仕事、お願いしますって」
 佐々木の表情が曇る。
「そうか、わかった、おおきに」
 昨夜、河崎の車で連れ去られてから何度も浩輔の携帯に電話をしたが、一度も出なかった。
 風邪? ほんとにそうならいいが。
 とりあえず、浩輔が自分の部屋にいるらしいとほっとする。
 あの時、佐々木は咄嗟に逡巡した。
 河崎の車を追わなかったのは、浩輔の心が痛いほどわかっていたからだ。
 だが、次の日も浩輔は出てこなかった。
 とうとう動かないではいられず、佐々木はお見舞いにとメロンやらマンゴーやらを携えて、浩輔のアパートに寄った。
 チャイムを押しても出てこないので、「浩輔、俺や、佐々木」と声をかけてノックする。
 しかし、浩輔はついに出てこようとしなかった。
 仕方なく、ドアの前に買って来たものを置くと、車に戻るなり携帯で英報堂を呼び出した。
「……つかまらない? どこにいるかも?」
 河崎は出張でいないし、携帯もつながらないという。
 イラつきながら今度は藤堂に取り次いでくれるように言った。
「ジャスト・エージェンシーの佐々木です。河崎さんと連絡が取りたいんやけど」
 やっと出た諸悪の根源の同類に佐々木は噛みつくような勢いで尋ねるが、藤堂も連絡が取れないという。
「ほんまか? とにかく、あんな躾のなっていない野犬を野放しにしない方がええんやないですか?」
 佐々木は思い切り皮肉った。
「一昨日の晩、キョーヤらもいたのに、うちの浩輔をおたくの野犬が無理やり掻っさらっていきよりましてね。以来、浩輔会社も休んでるし。これ以上何かやらかしたら、こちらとしても黙って見過ごすわけにはいかないんで」
 汐留の英報堂ビルにある高層階のリフレッシュルームでは、窓から下界の夜景を見下ろしながら、藤堂が難しい顔をしたまま、先ほど切れたばかりの携帯を握り締めていた。
 河崎はどうやら携帯を切っているらしく、留守電も十回も入れれば、ばかばかしくなってくる。
 それから二時間ほど経った頃、銜えタバコでフラリと入ってきた影があった。
「達也!!」
 コーヒーの販売機の前で、河崎は振り返った。
「すげー形相。イロ男が台無しってとこ?」
「聞きたいことがある。ちょっと来い!!」
 藤堂は河崎のからかいにものってこない。
「おっかねーな? ここじゃマズい話ってわけ?」
 河崎の腕を掴み、リフレッシュルームの奥に河崎を連れていくと、藤堂は声を落とした。
「お前、何をした?」
「ああ?」
「ネタはあがってんだよ!」
「身に覚えはありませんよ、刑事さん」
「おちょくるんじゃねー!! 浩輔をどうしたんだって聞いてるんだ!」
 一瞬、河崎の口元が歪む。

 


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