「藤堂さんの車にさらわれちゃったじゃない」
あっけらかんと直子が言った。
「え、ちょっ…」
「とゆーわけだから、明日から張り切ってお仕事してね。じゃ、隣のカッコイイ人に、よろしくぅ」
違う! すごくいや~な誤解だ! 藤堂さんなんて…!
いや、そうじゃなくて…。
「あのっ、ナオちゃん?」
河崎は、まだ何か言おうとしている浩輔から受話器を取り上げ、外線ボタンを切った。
しかも河崎の指はお構いなく浩輔の弱いところをくすぐってくるものだがら、憶えのある疼きがせりあがってきて、浩輔ははあっと息をついてしまう。
「河崎さ…、ちょ……だめ……」
次には、形ばかりの抗議の言葉も口づけに飲み込まれてしまった。
河崎は、馬場部長を殴った件とは関係なく、本当に英報堂を辞めるらしい。
会社を興すのだと言う。
しかも、あの藤堂やエリートな部下付きで、だ。
その会社に、「お前も来い、デザイナーは必要だからな」ときたものだ。
浩輔は正直にそのことを佐々木に話した。
実際は夏以降になるらしいが、と。
「お前はウンというつもりなんやろ?」
佐々木は苦笑する。
「はい。すみません」
「謝るようなことやないやろ? お前はこれからええ仕事をすると思うとるし。まあ、ウチはほら、出入りも多いし、出戻りもいる。またヤツに苛められよったら、戻ってきたらええ」
佐々木は「プライベートでもいつかてOKやからな」とつけ加え、ウインクをよこした。
そんな佐々木を前に、あらためて、やっぱ綺麗だ…と浩輔が思ってしまうのは事実なので仕方がない。
実際こんな才色兼備な非の打ち所がない人に恋人がいない方がおかしい気がするのだが。
嬉しかったのは、河崎が、佐々木が、そして藤堂でさえ、少しなりとも自分を認めてくれていたことである。
家にもそのうち帰ってみようか。
河崎とのことが知れたら再び勘当されるかも知れないけれど。
周りではいつもの平穏な毎日が続いている。
違っているとすれば、あれから殆ど毎日河崎の部屋から通っていることだろう。
お前がチビスケの世話をしないと、俺が仕事ができないだろう、と、河崎が言うのだ。
「さっさと、お前が越してくればいいんだ」
河崎の横暴ブリは健在だった。
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