「ガキの頃のトラウマだとさ」
「ほっといてください」
からかうように言う工藤に、千雪がちょっとむきになって答える。
なーんか、二人、いい雰囲気って感じなんだよなぁ。
あ~やしいな~。
人妻ときれいな獲物を前に舌なめずりしているオヤジって図?
京助に内緒で、雪の温泉でしっぽりと密会、なんちって。
ちょっとやそっとの相手じゃ、千雪さんの外見に騙されてガツンとやられるのが関の山だろうけど、工藤のことだし、前にもこういうのあってそうだよな。
例のモデル山之辺芽久はそれなりいい女だけど、どっちかっていうと、こっちのがどんぴしゃなシチュエーション?
酔っているせいで、良太は自虐ネタも面白がって笑えてくる。
「そういや、病院に運ばれた坂本さんも心配なんですけど、その看護師らしいアキ子さんもちょっと気になること言ってたんですよね~」
手酌で日本酒をあけながら、良太は思い出して口にした。
「アキ子さん、って、ああ、駅で文句つけてたいう?」
良太の手の徳利が空になっているのを見て、千雪は傍にあった徳利をつまんで良太に差し出した。
「猪苗代湖って死ぬのにはもってこいよね、とかなんとか……」
「ふーん、確かに猪苗代湖はきれいな湖やけど、冬は冷たいんちゃう?」
「そおゆう問題ですか!」
「もちょいやな、そのツッコミ」
「……千雪さん……」
脱力する良太を見て千雪はハハ、と笑う。
「そんで良太ちゃんとしてはどないしよて?」
「いや、一応気になるから何かあったらって名刺渡しといたんですけどねぇ。まあ、車に乗せただけだし、縁もゆかりもない人のことだから、俺がどうこういう筋合いではないと思うけど……」
「心配なんやね? アキ子さんのことが」
からかい半分、千雪がわざとアキ子なる女のことを口にして自分の反応を見ようとしているのがわかって、工藤はフン、と鼻で笑う。
秋山から電話が入ったのは、良太がホテルに着く少し前だ。
「どうせなら、良太とスキーでも楽しんで、ゆっくりしてきてください。ホテルは明後日の朝までおさえときましたから」
スケジュールは自分が責任を持ってあけてあります、と秋山は言った。
「何だと?」
「工藤さんがいつも言うように、ちょっと自分で動こうと思いまして。こちらのことはご心配なく」
揚げ足を取る秋山は確かにタヌキだ。
「ったく、こんな部屋を取って、いったい誰が払うんだ?」
「そりゃ、社長ですよ」
あのヤロウ、工藤は電話が切れてからつい口にした。
「お前も秋山とグルか?」
千雪は心外やな、と工藤を見る。
「人聞きの悪い。ロケハンを兼ねた打ち合わせですやろ。ご飯終わった頃、迎えがきますよって」
部屋は三人で予約してあったらしく、洋室にはエキストラベッドが入っているが十分広い。
一段高くなっている和室も風情があり、磐梯山を後ろに猪苗代湖を懐に抱くこのホテルでは一番のスイートルームだ。
リビングからは猪苗代湖が望めるし、専用の展望風呂完備の和洋室になっている。
「勝手なことしやがって」
「ええやないですか。休み全然取ってへんでしょ? そのうち倒れますわ」
工藤のぼやきに千雪はくすくす笑う。
千雪は良太にも企みを知らせず、いかにも仕事だといわんばかりにざっと郡山の取材をさせたのだが、良太が生真面目に撮ったらしい写真やメモは小説にもちゃんと役立つはずだ。
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